ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

焙られる日(TEXT)

暑くて不快な日に書いた、そのまんまの文。飛段視点です。


 殴られるような日差しのなか、蒸し暑い空気が湯のようにまとわりつく。どこまでも続く草っぱらを足を引きずって進みながら、あちぃ、と呟いてちらりと先を行く角都を見たが奴はまっすぐ前を見て無反応だ。どうしようか、追いつけないことはないけれど無理して追いつくのもしんどい。雲もないくせに遠くで雷が鳴っている。降るなら早いところ降ってほしい。そしたらその辺の木の下で雨宿りをするか先を急ぐかそれともこのままだらだら歩くかってことになるけど、どっちにしろ今の状態よりはマシなんじゃないかと思う。

 角都との距離は開くばかりだ。しかし布かぶってマスクしてコートを襟元までしめているくせに暑そうじゃないのはどうしたことだろう。あれで陽を遮っているのかも。後ろ頭をにらみながらおれもコートの前をとじてみる。ちょっと我慢してそのまま歩いてみたけど、だめだ、自分が吐いた息がこもって息苦しいし、ついさっき縫い付けられた首の傷に襟が当たってむずがゆい。イライラとまた前を開く。
 見れば角都が立ち止まってこちらを向いていた。
「まだ拗ねてるのか」
 オレはふんと顔をそむけたけど、これじゃ奴が言ったとおり拗ねてる態度そのまんまだってことに気がついて、改めてムッとした。
「拗ねてねーよ!」
 顔をそむけたままガツガツ歩いて角都を追い越した。それだけで暑さが増した。くそ、風があれば少しは違うのに。しかも太陽はオレたちの進む方向に傾いている。ってことはこれからも歩いている間中太陽と向き合ってなきゃならない。うんざりだ。さっき喧嘩して首をはねられた、その理由もこのくそ暑さのせいだったかもしれない。

 角都がオレと並ぶ。オレより背が高くて強くて頭がいいだけじゃ足りないらしく足まで速い。ずるいだろうそれは。だからムキって抜き返す。
「…ガキが」
「うるせえクソジジイ」
 抜いたものの暑くて暑くてオレはもうばてそうだ。けどそんなのカッコ悪すぎるからがんばって歩く。右、左、右、左、右、左。
 そこらにぽつりぽつりと立っている葉の乏しい木の蔭がやけに涼しげに見える。あそこに座って水でも飲めたら。でも奴はそんなの時間の無駄だって言うに違いない、だって時は金だし金こそが奴の神なんだから。右、左、右、左、冷や汗まで出てきやがった、マジで気持ち悪い、こんなアホみたいに必死になってオレはどこに向かっているんだろう。

 黙りこくったまま足を動かしていたけど、いよいよ速度が落ちたオレをまた角都が追い越そうとするから、とっさに袖をつかんだ。でないと置いて行かれちまうし、そしたらもう追いつけない。
「なんだ」
「あちぃ。喉乾いた。頭いてぇ。首かゆい」
「水などないぞ」
 わかってる、面倒臭くなって素直に思っていることを言ってみただけだ。言ってみると大したことない問題ばっかりみたいだけど、現にオレはくたくたなんだからしょうがない。角都が頭を振った。呆れているように見えた。
「スタミナ不足だな。それでも忍者か」
「てめーは換金所でなんか飲んでたろうが…」

 そうだ、死体確かめて金もらってそれ勘定するのにどれだけかかるんだ、と中をのぞいたら角都が換金所の女と何か飲んでやがったのだった。暑い中待たされていたオレがキレて鎌を振ったら電球が割れて、暗い中女がキャーだかワーだか叫ぶからこうなったら儀式だぁ!と気合をいれたとたん何かが頭にぶつかり、払いのけようとしても手が動かねえし呪われちまったかと思って良く見たら、やけに低い視線の先に引っくり返っている自分の首なし体があった。よくわからないけどそういうことなんだ。考えながら縫い目をボリボリ掻いたら乾いた血が剥がれ落ちてきた。

「ったく、ひとを待たせて女といちゃいちゃしやがってよ」
「出されたものを飲んだだけだ。タダだったからな」
「だったらオレの分ももらってこいよ!首落としたりするから飲み損ねただろ!」
 でかい声を出したらなんだかくらくらした。角都の袖を引っぱってしまい、あわてて手を離す。奴の目がすっと細くなり手がこちらに伸びるのが見えて、やべぇと頭をそらしたけど奴が握ったのはオレの鎌だった。それを無造作にくるりとひっくり返して刃で自分の親指を切ってる。血がボタボタ垂れた。なにしてんだろう、変な野郎だ。

「飲め」
「…ハァー?てめ、なに言って」
「うるさい。さっさとしろ」
「血が足んねーのなんか水飲みゃすぐ治るっつーの、おい、マジやめ」

 でかい手で顎をつかまれ、口の中に血まみれの指を突っ込まれる。地味に痛い。引き離そうとしてみたけど顎を握りつぶされそうになったのでやめた。つぶされたって構わないが治るまで飯が食えなくなるのは困る。喉の奥まで指が届いてオレはえずいた。赤錆臭い角都の血が口からあふれる。顎がミシリと鳴る。
「飲めと言っている」

 今更だけどこいつは横暴だ。ムカついたけど逆らうのは時間の無駄だから諦めて血を飲むことにする。まあ奴なりに俺を気遣っているんだろうし(いやただサドなだけかもしれない)、そもそもオレは血を飲むことがいやなわけじゃないんだ、こんなやり方されるのが癪なだけで。しばらくおとなしく飲んでいたら角都がオレの目をのぞきこんできた。奴が何考えてるのかわかんねえのはいつものことだがオレはそれに慣れることができない。こんな近くに誰かの顔があったら、ほら、落ち着かなくなるもんじゃないのかフツーは。悔しくて奴の指をくわえたまんまにらみ返す。

 なんか知らないけど角都は満足したみたいで顎と口を放した。唾液が糸を引いたんでオレは慌てて頭を振りまわした。
「ゲヘッ…もちっとやり方考えろテメェ!呪うぞコラ!」
「そうか」
「そーかじゃねー、つーかその指舐めんな!」
 ただでさえ暑いのに!暑さが増すんだよバカ!
 聞いてるのかいないのか角都はマスクを直して鞄を持ち直した。オレと太陽の間にいた角都が動いたんで、とたんに太陽がまたオレを灼き始める。
「調子が戻ったのなら行くぞ。大分時間を食った」
「ハァ?オレのせいかよ、てめーが勝手に、っておい待てよ角都!」
 今儀式をやったら間違いなく角都を殺せるけど、どうせ奴が死ぬのは一瞬だし、この暑い中で儀式するのも気が進まないし、円陣描くのにせっかく補充してもらった血を使うのも業腹だし、そんなことを考えている間に角都はどんどん行っちまうし、しょうがないから鎌を背負って後を追う。結局なんだかんだ言いながらもオレは飽きずに角都を追っかけるんだ。

「おいおいペース落ちてるぜえ、角都よ?ひとの世話焼くよりテメーの心配しろっての、ホント」
 声かけてやったのに奴はちょっと目を向けただけで返事もしない。いかにもひとを小馬鹿にしていて感じが悪いから、さっさと追い抜いてやった。一瞬風が吹いてコートがひるがえる。おお、今オレかっこいいんじゃね?風上に顔を向けて次の風を望みながら更に足を速める。悪くない。たまにはオレを追いかけてみやがれ角都。
「飛段、」
 少し声が遠いが無視して歩く。あと二回、いや一回おれの名を呼んだら振り向いてやってもいい。

 ほら呼べ!呼べよ角都!