中毒(TEXT)
好きな子に意地悪して、それを悔やんでいるのに強がる角都の話。
不死のくせに、飛段は暑いだの寒いだの疲れただのとしょっちゅう不平を言う。まともにとりあうのは馬鹿らしく無視するにはやかましいので、大概の場合において角都は「うるさい殺すぞ」で片を付けてきたが、このやり方は案外うまく機能していた。結局は構ってほしいだけの飛段もそれでとりあえず満足するようであったからである。
なので、仕事からの帰路において突然休憩を要求されたときも、角都はいつものやり取りで済ませようとした。しかし今日はいつもと様子が違った。
駄々をこねるなと唸る角都に珍しく口答えをせず、てめーは先行ってろと言い捨てて、飛段はそそくさと道を外れて茂みに入って行った。分岐のない道だったし、用足しなら待つ必要もなかろうと先に進んだが、一向に相棒は追いついてこない。戻るのも癪なのでそのまま進み続けた角都は、アジトが見えてきたところでようやく足を止め、イライラと背後を眺めた。このままアジトに帰ってしまいたいが、出くわすだろう面々に相棒のことを尋ねられるのは必至で、それに応答するのはひどく億劫だった。
しばらく待ってみたが飛段はあらわれなかった。一本道で迷う者などいないと思っていたが相棒の愚かさを読み誤っていたのかもしれない。あるいは何かに興味を引かれて遊んでいる可能性もある。どちらにせよ二度とこんなことをしでかさないよう躾けなければ、しかしアレは躾を喜んでしまうのだろう、と角都は考え、始める前から何かに負けている自分に立腹した。
道を半分ほど戻ったところで角都は相棒を発見した。
地べたに座り込んだ飛段は、いろんな感情が入り混じった複雑な表情で角都を見、チッ、戻ってきやがった、と呟いた。
「なんだ、先行ってろっつったろ角都。アジトだろ。後から行くからよォ」
あたりには異臭が漂い、角都は鼻にしわをよせて相棒を見下ろした。
「何をしている」
「あぁ?座ってんだよ見りゃわかんだろ」
飛段の息遣いが荒く肩がせわしなく上下するのを、角都はじっと見ていた。
「行けよ!オラ、先行けっつってんだろーが!」
いざるように後ずさった飛段は、ふいに上体をひねって草むらに頭を突っ込み、激しく嘔吐した。背を波打たせてひとしきり戻したあと、真っ赤な顔をあげて角都を睨む。
「見てんじゃねー!あっち行けよバァーカ!」
角都は飛段の襟をつかんで引き起こし、顎を殴った。がくっと仰け反るのを揺すぶり起こして同じところを殴る。もう一度。
「貴様の自己管理ができていないために俺の時間が無駄になった。少しは反省しろ」
今度は強めに殴る。げっ、と飛段が呻き、襟にかかった角都の手をつかもうとした。それを叩き落して足払いをかけ、地面に突き転ばせる。
「汚い。触るな」
見上げてくる顔が歪むのを眺めながら、腹を踏む。ぐりぐりとにじると、飛段は喘いで苦しげにのたうった。
「よせ、マジで…出る」
「こんなザマをさらす自分を恥じろ。いったい何をやったのだ」
「わかんねえ…あー、あれかァもしかして」
「何の話だ」
「なんか、さっき道で実ィ食った。紫のやつ」
心底呆れ果てた角都は飛段から足を下ろし、先の吐物を調べた。原因はすぐに知れた。ヤマゴボウである。吐けるだけ吐かせながら、正体のわからんものをむやみに口に入れるな、と叱りつけると、飛段は青い顔に汗を浮かべて素直に頷いた。よほど懲りたらしい。
「空腹もだが、具合が悪いならそう言え。コソコソ隠すな」
「そーじゃねーけど、もうすぐ着くしさ、もつと思ったんだよ。今日はおめー早く帰りたかったんだろ?だから先行けっつったのによォ。へっ、オレは謝んねーぜ、おめーが勝手に戻ってきたんだからな」
吐いた直後は楽になるらしく、飛段は立ち上がり、コートの汚れを叩いた。冷たい汗にまみれて小刻みに震えているが、アジトまであと少しなのだから、休みながら行っても日暮れまでには着くだろう。
「だから先に行けって…てめー、わけわかんねーな、さっき汚ねえって」
「うるさい黙れ、俺から触る分には構わん」
また、何かに負けた気がした。
不死のくせに、飛段は暑いだの寒いだの疲れただのとしょっちゅう不平を言う。まともにとりあうのは馬鹿らしく無視するにはやかましいので、大概の場合において角都は「うるさい殺すぞ」で片を付けてきたが、このやり方は案外うまく機能していた。結局は構ってほしいだけの飛段もそれでとりあえず満足するようであったからである。
なので、仕事からの帰路において突然休憩を要求されたときも、角都はいつものやり取りで済ませようとした。しかし今日はいつもと様子が違った。
駄々をこねるなと唸る角都に珍しく口答えをせず、てめーは先行ってろと言い捨てて、飛段はそそくさと道を外れて茂みに入って行った。分岐のない道だったし、用足しなら待つ必要もなかろうと先に進んだが、一向に相棒は追いついてこない。戻るのも癪なのでそのまま進み続けた角都は、アジトが見えてきたところでようやく足を止め、イライラと背後を眺めた。このままアジトに帰ってしまいたいが、出くわすだろう面々に相棒のことを尋ねられるのは必至で、それに応答するのはひどく億劫だった。
しばらく待ってみたが飛段はあらわれなかった。一本道で迷う者などいないと思っていたが相棒の愚かさを読み誤っていたのかもしれない。あるいは何かに興味を引かれて遊んでいる可能性もある。どちらにせよ二度とこんなことをしでかさないよう躾けなければ、しかしアレは躾を喜んでしまうのだろう、と角都は考え、始める前から何かに負けている自分に立腹した。
道を半分ほど戻ったところで角都は相棒を発見した。
地べたに座り込んだ飛段は、いろんな感情が入り混じった複雑な表情で角都を見、チッ、戻ってきやがった、と呟いた。
「なんだ、先行ってろっつったろ角都。アジトだろ。後から行くからよォ」
あたりには異臭が漂い、角都は鼻にしわをよせて相棒を見下ろした。
「何をしている」
「あぁ?座ってんだよ見りゃわかんだろ」
飛段の息遣いが荒く肩がせわしなく上下するのを、角都はじっと見ていた。
「行けよ!オラ、先行けっつってんだろーが!」
いざるように後ずさった飛段は、ふいに上体をひねって草むらに頭を突っ込み、激しく嘔吐した。背を波打たせてひとしきり戻したあと、真っ赤な顔をあげて角都を睨む。
「見てんじゃねー!あっち行けよバァーカ!」
角都は飛段の襟をつかんで引き起こし、顎を殴った。がくっと仰け反るのを揺すぶり起こして同じところを殴る。もう一度。
「貴様の自己管理ができていないために俺の時間が無駄になった。少しは反省しろ」
今度は強めに殴る。げっ、と飛段が呻き、襟にかかった角都の手をつかもうとした。それを叩き落して足払いをかけ、地面に突き転ばせる。
「汚い。触るな」
見上げてくる顔が歪むのを眺めながら、腹を踏む。ぐりぐりとにじると、飛段は喘いで苦しげにのたうった。
「よせ、マジで…出る」
「こんなザマをさらす自分を恥じろ。いったい何をやったのだ」
「わかんねえ…あー、あれかァもしかして」
「何の話だ」
「なんか、さっき道で実ィ食った。紫のやつ」
心底呆れ果てた角都は飛段から足を下ろし、先の吐物を調べた。原因はすぐに知れた。ヤマゴボウである。吐けるだけ吐かせながら、正体のわからんものをむやみに口に入れるな、と叱りつけると、飛段は青い顔に汗を浮かべて素直に頷いた。よほど懲りたらしい。
「空腹もだが、具合が悪いならそう言え。コソコソ隠すな」
「そーじゃねーけど、もうすぐ着くしさ、もつと思ったんだよ。今日はおめー早く帰りたかったんだろ?だから先行けっつったのによォ。へっ、オレは謝んねーぜ、おめーが勝手に戻ってきたんだからな」
吐いた直後は楽になるらしく、飛段は立ち上がり、コートの汚れを叩いた。冷たい汗にまみれて小刻みに震えているが、アジトまであと少しなのだから、休みながら行っても日暮れまでには着くだろう。
「だから先に行けって…てめー、わけわかんねーな、さっき汚ねえって」
「うるさい黙れ、俺から触る分には構わん」
また、何かに負けた気がした。