ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

清算取引(TEXT)

以前、SKM様から角都の推定過去について、下記のコメントをいただきました。

「戦乱の中に生まれた角都が幼少時から生きるために非行を行って捕まり、墨を入れられ奴隷として輸送中に滝隠れの忍びに襲撃を受け、滝忍Aに引き取られる。自分を救ってくれたAのために生きようと心に決め、その証として墨を残したまま忍びとして働くうちに才能を現し始めるが、権力争いに巻き込まれ、間者の存在によりAから裏切られる(火影襲撃 ここに金が絡む)。このことから金だけを信じるようになり、それ以外自分の心さえも信じず、その戒めとして、やはり腕の墨を消さずに残す」

短文で大きな物語をあらわしてくださったSKM様には本当に感謝です。あまりにすてきなので、これを長文にできないかと試みましたが、自分の文章力では無理だということがわかりました。
それでも滝忍Aがとても気になりまして、そのAと角飛の話を書いてみることにしました。いろいろ迷いながらチマチマ書きましたが、出来は良くありません(汗)。一気に書かないと私の文章は破綻がひどくなるようです。でも、矛盾するようですがとても楽しく書けましたし自分の文章の欠点もよくわかりました。これを次につなげたいものです。
SKM様、長くお待たせしました。良い経験をありがとうございました。またよろしくお願いいたします。



 白昼の陽射しの中、角都と飛段は砂ぼこりの立つ広い道を歩いていた。化石燃料価格の高騰で突然富が集まるようになったこの地には、かつて無意味なほどの財をなした者が多く住んでいたが、戦乱にさらされた今は廃墟ばかりが立ち並んでいる。遠くない過去に襲撃があったらしく、多くの家々が燃えていた。避難したものか人の姿は見えない。瓦礫と火と煙だけがふんだんにあった。
 それでもぽつりぽつりと残る邸宅はすべて豪壮だ。公園のように広大な庭園を見ながら飛段がブツブツ言った。
「へっどいつもこいつも似たような家ばっかしだぜ。金持ちってのはみんなよっぽど似た者同士なんだろーな。しっかしオレたちここで何すんだよ?そもそも何でオレたちなんだ?」
「仲介者は信用できる。顔を合わせるまで要件を言いたがらない客も珍しくないだろう。しかも俺たちを指名の依頼だ。報酬もいい。5000万両だぞ」
 飛段は、気に入らねえと言って唾を吐いた。相棒をなだめながら、自身なぜかそわそわと落ち着かない角都は胸の内の棘のような不快感に気づかないふりをした。確かに今回の請負内容には不明な点が多すぎるが、現場で条件が飲めなければ蹴るだけの話である。仲介者からは既に内金で一割の支払いを受けている。受託しなくても500万両、すれば5000万両の儲けだ。無碍にはできない。
 ほどなく見えてきた目的地の屋敷も他の家と同様、打ち捨てられたように荒れていた。ここに来て初めて角都はたじろいだ。屋敷の奥から他の邸宅には無かった気配―落ちる水の気配を濃厚に感じ取ったからである。

 壊れた門より屋敷へのびる道は砂で覆われ、施錠されていない玄関から入った屋内にも人気がない。剥がれて垂れ下がる壁紙に出迎えられた飛段は、外見同様に荒廃した室内を見回し、なんだぁと拍子抜けした声を上げた。
「角都、オレたち担がれたんじゃね?」 
 無意識に呼吸をつめていた角都は、呑気な相棒の声で少し落ち着きを取り戻した。飛段は何も感じないらしい。そうだ、通常の人間は水の気配を恐れたりはしないものだ。自分もそうではなかったか。なぜこんな、
(水、落ちる水、引きこまれる体、息が、)
 勝手に進む思考を打ち切ると、角都は水の気配を辿り石張りの床を奥へと進んだ。他の部屋よりも明らかに頑丈に作られた扉を押し開くと、生ぬるい霧の粒が仄かな冷気とともに溢れだし、二人を包んだ。

 これといって特徴のない男は、長椅子にかけたまま壁面の水利の説明をした。電気ポンプで汲みあげた水を循環させているのだという。
「俺は滝が好きでな。マイナスイオンは滝の周囲に多く発生するんだ」
 飛段はおざなりに相槌を打って、相手をしげしげと眺めた。輪郭を曖昧にする間接光の下で、土地のゆったりした衣服をまとった男は年齢不詳だった。サングラスの奥の目は見えないが、まあ友好的な態度と言っていい。よく相手を見定めようと歩を進めた飛段の背後で、角都が硬い声を出した。
「用件は何だ。無駄話を続けるなら帰らせてもらう。飛段あまりそいつに近寄るな」
「ずいぶん若いのを連れてるんじゃないか、角都。予備の心臓か」
 足を止めた飛段は入口近くに立ったままの相棒を振り返り、部屋の主に目を移して、また角都を見た。
「角都、こいつ知り合いかよ」
「案ずるな、君らの心臓を取るほど落ちぶれちゃいない。もっとも俺は余分の心臓をストックする能力を持たなかったが。久し振りだな角都、元気そうで」
「うるさい、黙れ」
 相手を遮って角都が出した声は妙に悲しげだった。
「そいつは、俺の師だ」

 男は紹介に気を良くした様子だった。組んだ膝の上に頬杖をつき、角都にじっと目を向ける。
「ずいぶん派手に動いているようだな。暁という組織はなかなか面白いが、目立ちすぎやしないか」
「無駄話を続けるなら帰ると言った。さっさと用件に移れ」
 角都の言葉は歯切れが良かったが、語気はそうでもなかった。壁を背に立ち、男と対峙する角都の姿が心なしか精気がないように見える。対して座ったままの男は余裕綽綽である。
「相変わらずせっかちな奴だ。昔からお前には遊びがなくていかん。あれから70年たつというのに、変わらないものもあるということだな」
 飛段はぼりぼりと頭を掻いた。角都の師だというこの男は、容姿からは推測できないほど年を取っているらしい。
「おっさんも不死なのかよ」
「いや。死ぬ前に命をつないでいるだけだ。角都と同様に」
「モジャモジャで心臓取るアレ?おめーも?」
 男は頷いて見せたが視線は角都に向けたままであり、次の言葉も角都だけに向けられていた。
「用件を言おう。相棒を探している。お前なら互いの能力もよく知っていることだし都合がいい。俺も今では里を捨てた身だ。どうだ、俺と組まないか」
「一世紀以上生きてまだ落ち着かないとはな。お前がどうしようと俺の知ったことではない。それに、生憎だが相棒なら間に合っている」
 こいつ百歳過ぎてんのか!と単純に驚いていた飛段は、角都の言葉を聞いていそいそと相棒の隣の定位置に戻った。
「そーそー、わりーけど暁はツーマンセルって決まってっからな。おめーは誰か別なのと組めよ」
「誰が組織に与する話をしている。おい、そんなのと組んでいるとお前の値打ちまで下がるぞ角都。大体お前が誰かの下に甘んじる器か。暁なぞやめて俺と組め、昔のようにな」
 なにィと飛段は気色ばんだが、黙れ、と角都はそれを制した。
「俺たちは組んでいたのではない、お前らが俺を利用しただけだろう。用件がそれだけなら話は終わりだ。飛段、行くぞ」
 背を向ける角都に男は待てと声をかけ、耳慣れない名を口にした。扉に手をかけていた角都は瞬時に男のもとに移動し、その首を締めあげていた。
「その名で俺を呼ぶな、二度と呼ぶな、殺すぞ、今は俺の方が強い」
 金、と男の喉が鳴った。反射的に角都が手を放す。潰れた喉をさすりながら男は続けた。

「お前は無類の金好きだと聞いている。せっかく来てくれたんだ、金をやろう。だがただくれてやるのは面白くない。どうだ、その坊やをここで抱いて見せてくれないか。聞いた話ではお前らできているそうじゃないか。ああいった仕打ちを受けてきたお前が、人並みに誰かを受け入れられるということがどうにも信じられないんでな」
「仕打ち?どの仕打ちだ?ガキだった俺に世間がしたことか、お前が拾った俺をいいように使ったことか、それとも火影暗殺失敗の罪を俺一人になすりつけて投獄したことか?」
 
 てっきり角都がキレて相手を始末するものと思っていた飛段は、伸ばされた角都の腕を避け損ねてそのまま男の前まで引きずられた。
「冗談じゃねえっ角都!なにやってんだ!」
 角都は無言だ。飛段のコートと鎌とチェーンをひとまとめにして引き剥ぐ。飛段も負けてはいない。回し蹴りが角都の頭に入り、頭巾とマスクが飛ぶ。飛段は傍観している男へも蹴りを飛ばしたが、これは角都に阻止された。
「おい角都、てめーマジかよ!このクソヤローがやれっつったら何でもやんのかよォ!」
「うるさい黙れ」
 だん、と音をたてて足を払われた飛段が仰向けに倒れ、その頭が不自然な勢いで床に叩きつけられた。角都の手が加減のない力で飛段の口をふさいだからである。一瞬抵抗を止めた飛段の両脚を角都はつかみ、衣類を引き下ろすと股を乱暴に割り開いた。石張りの床に血が飛び散り、長椅子の男が冷やかすように笑った。
「やはりそういう流儀か。女にもそうなのか?ああこら、慣らさずに入れたら相手が傷つくことは重々承知だろうに、結局は学んだことを繰り返すしかないんだな。角都、お前はあの頃とまったく変わっていない、本当に哀れな奴だ」
 うおお、とわめきながら飛段は腕を伸ばした。仰向けに押さえつけられた体はほとんど動かず裂かれた肉の痛みもひどいものだが、目的のものは遠くない。腕の力と腹筋でわずかに上体を起こし、相手のコートをつかんでたぐり寄せ、やっと角都の耳を両手でふさぐことに成功すると、飛段は怒鳴った。
「そこのクソジジイ、調子こいてんじゃねーぞコラ!てめーがやれっつーからヤッてやってるんだ、つべこべ抜かしてねーでちゃんと見とけ!角都、てめーもくだらねーこと言われて今さら傷ついてんじゃねーよ!」

 耳をふさいだ相手に向かって怒鳴るなバカが、と思いながら角都はうつむいたまま汗やら何やらを飛段の上に垂らした。その飛段の下半身はひどく傷つき無残な状態になっている。遠い昔にも似たようなことがあったことを角都は思い出す。まだとても若かった角都は金銭的にも性的にも常に搾取される側であり、相手を満足させられないと殴られてそのたびに滝壺に投げ込まれた。相手より先には死なないとそれだけの執着で生き延びてきた過去の自分が、今になって飛段に庇われている。
 律動を続けながら片手を飛段の頭の下にあてがうと、血でぬるつく後頭部をさぐられた飛段が、角都の意図を図りかねて睨み返してきた。痛そうだ。加えてひどく怒って困惑しているようだが、それ以外の感情は窺えない。角都の耳もしっかりと押さえてくれている。なんと単純な生き物だろうと角都は胸苦しくなった。自分は複雑すぎる、そしてバラバラだ。長く生き過ぎたのかもしれない。けれどもこの始末の悪い自我を掬って己という器に戻してくれる単純な手があれば俺は。

 ようやく角都は小さく呻いて背を反らした。その体の緊張が解けると、飛段は角都の顎を殴り、腹を蹴とばして自分の上からどかした。角都は疲れ果てた顔で腹を押さえ、それでもどこか清々として、黙ったままのかつての師を見下ろした。
 男はいつの間にか色眼鏡を外しており、角都と同じ色の目で、角都を見ていた。男の体が縮んだように一瞬角都は錯覚した。血色の悪い顔はこの数分の間にひどく憔悴し、相応の歳が滲んでいる。男が何を考えていたかはわからないが、角都は、
(ひとはみんな自分だけの地獄と極楽をかかえて生きる、しかしその天秤が地獄の方へばかり傾いているなら、そしてその繰り返しからの救いが死であるなら)
その表情に餓えた羨望を見たと思った。それで充分だ。
 角都の背後で飛段が立ち上がる気配がした。男の目が初めてまともにそちらに向けられ、手が思いがけない速度で飛段へ飛んだ。角都はとっさに男と飛段の間に身を入れ、伸ばした片腕で男の頭をつかんだ。男はよけず、水っぽい破裂音が部屋に響いた。それで、終わりだった。

 ケツがくそ痛ぇとブツブツ言いながら飛段が長椅子に近寄り、脳漿を飛び散らせた男の死体を眺めた。
「おい、よけいな真似すんな、あんな攻撃簡単にかわせたぜ」
「わかっている」
「めんどくせえ奴だよな、死にてえんなら初めっからそう言えっつーの。おめーもあんなことする前にチャッチャと殺してやりゃいいのに。よっぽど殺れねーわけでもあったんだろうよ」
 皮肉か、と角都は相棒を見たが、飛段は大真面目な顔をしていた。
「昔が懐かしかったか、え?角都よ」
 答えないまま角都は男の白い衣装で汚れた手を拭い、そのまま死体を椅子から転げ落とした。黒いヌメ革で張られた座面を素手で引き裂き、ウレタンや羽の内部からアタッシュケースを引っぱり出すと、こじ開けて中をあらためる。
 確かに変わらないものもある、と角都は認めた。こいつには昔から尻の下に金をしまっておく癖があった。それともこれはこうなることを見越した師からの贈り物だろうか。いや、と角都は頭を振る。いかなる理由があったとしても、あの我利我利亡者が金を他人に、特に角都になど遺すはずがない。
 だからこの金は奪ってよいと角都は判断する。

 徹底的に部屋を破壊し(飛段は飛段なりに立腹していた)火を放って屋敷を出た二人は、ほこりっぽい道に突っ立ったまま煙を上げる建物をしばらく眺めた。何かの爆発と鉄パイプが散乱するようなやかましい音に続いて窓ガラスが破れ、火が屋敷全体にまわり始める。昼間の炎はしらちゃけていて、色をつけたトイレットペーパーがひらめいているようだ、と飛段は考えた。無人の街は静かなままだ。状況に似合わない、のどかな光景だった。
 大きな焚火を前に、角都が小さく唱えるように呟いた。
「死体が晒されることへの怖れを一度漏らしたことがある。どのようであれ奴は俺を育ててくれた、だから最期の要望にはこたえてやる。これで貸し借り無し、すべてチャラだ」

 燃えさかる屋敷をじっと見つめる角都の隣で飛段は大きなあくびをし、コキコキと首を鳴らした。角都は火元から目を逸らさない。飛段はいっそう大きく伸びをし、ついでのように声を張り上げた。
「おい角都、テメーなんでもかんでも自分ひとりで持とうとしたろう」
「…………」
「オレがいること忘れんじゃねーぞ」
「忘れはしない」
「そっか。そんなら、よし」

 骨組みだけになった建材が自分の重みで崩れ、無数の虫のような火の粉がわっと舞い上がった。そこまで見届けて角都は踵を返した。焼け跡に石を投げて遊んでいた飛段もそれに続いた。まだ太陽が高かった。帰路の街はやはり無人のままで、相変わらず火と煙に覆われていた。
 さまざまな場所でさまざまな人間がそれぞれの理由のもとに殺戮される。角都も飛段も大勢殺してきた。このツケは当然支払われるべきものだろう。師と同様に俺の頭上にも見えない負債がそびえ立っているに違いない、と角都は考え、薄く笑った。
 構うものか。自分たちはそのたびに始末されるリスクも背負ってきたのだ。負い目などない。それに仮に負債が生じていたにしても、誰かと共にそれを担いあって生き抜くことができるなら、不払いのまま返済から逃げ切れるかもしれないではないか。