ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

これでいいのだ(ss)



岩場の狭い溝の底で俺を待ち構えていた相手は厄介な能力を持っていた。細胞組織の再生能力が異常に高く、攻撃をしかけてもすぐに回復して起き上がってくる。俺はまず相手の心臓を狙い、効果が薄いと知ると脳を狙ったが、致命傷を与えられないままに焦りと疲労を募らせた。自分よりも不死に近い者との持久戦は避けなければならない。相手の術の間隙を縫って俺は印を結ぶと、繰り出した触手が鋭い武器で切断された、その死角から相手に接近してその口をふさぎ、水遁を発動した。体内に一気に注がれた水の圧力で、まるで水風船のように相手がはじけ飛ぶ。水とともに、血、脳漿、その他の体液が飛び散り、俺は正面から生温かいそれを浴びた。相手の細胞が不活性化したことを確認してから顔を上げると、いびつな穴の口から覗きこんでいる相棒と目が合った。もうちょっとで助けに行くとこだったぜ、苦戦してたな角都よ。笑っているが相棒もかなりひどい状態のようだ。逆光でもその顔が流血でまだらに黒くなっているのが見える。おいおいダッセーなァどろどろじゃねーか、と続ける相棒に対し、お前こそ相当なものだぞ、と返しながら岩場をよじ登り、明るい場所へ出た俺は、眩しさのせいだけではなく目を眇めた。這いつくばる相棒は下半身を失っており、ちぎれた断片は奴が殺した死体の間に散らばっていた。十メートルほどの距離を腕で這ってきたのだろう、血や内臓の切れ端が地面に尾を引いている。そんなザマで助けに行くとはちゃんちゃらおかしい、よほど俺のことが大事とみえる。抱き起こしてそう言ってやると、飛段は、いい気になんなよ角都、と薄く笑った。テメーがいねーと脚をくっつけるのに時間がかかって不便だから助けてやろうとしたんだ、勘違いすんなクソジジイ。下品な罵りを吐きながらもコートの袖で俺の顔の汚れを拭おうとする相棒に、マスクの下で緩む口元を引き締める。俺は武人として堕落したのかもしれない。でもたまには単純な幸せに浸ってもいいじゃないか。