ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

浜昼顔(ss)



長じてから初めて海を知ったくせに、飛段は海を好み、飽かず眺めるふうだった。情報屋が来るのを指定の店で待っていた角都はいっこうに現れない相手にしびれをきらし、表に出て飛段と並んだ。梅雨時の海は今にも降りだしそうな空の鈍色を映し、閑散として、白い水平線と空との境は曖昧だった。いらいらと道を眺める角都を、砂浜を這う植物の上に座った飛段が見上げてくる。そうカリカリすんなって、そのうち来るだろうよあいつがオレらに会うのが嫌で首でもくくってなけりゃ。こんなところでつまらない冗談を言う飛段が角都にはわからない。無視して道の先を凝視する角都を飛段が嗤う。ああテメーには死にてえ奴の気持ちなんかわからねぇんだっけな、けど考えてみろよ、先々すっげー嫌なことがあるかもしれねーだろ、だったら全部うまくいってる時にもうここでいいって自分で死ねたら最高じゃね?くだらん、と角都は言い捨てる。死よりも悪い運命などあるものか。テメーは強ぇからなあ。別に皮肉でもなさそうに飛段が呟き、海に視線を戻した。角都もつられて水平線に目をやる。そら、あそこまで歩いて行こうとしたらフツーは途中で溺れて死ぬだろ、けどオレは死なねーからムチャクチャ水飲んでゲーゲーいいながらどっかに打ち揚げられて、そこでまた生きていかなきゃなんねーんだ、マジむかつくぜホント。唐突に話を終えて黙った相棒を角都は眺めた。海風に吹き乱された髪が相棒の風貌を見慣れないものに変え、角都はそこから目を逸らすことができない。お前が死よりも恐れるものとは何だ、お前には宗教があるだろう。そりゃ、と言いかけた飛段は口をゆがめて言い淀み、角都から視線を外すと、不意に救われたような明るい顔をして、おい、あいつ来たぜ角都、と言った。その妙な明るさと、飛段のまわりに咲く薄紅色の花がまるで飛段を浜の一部のように見せていることが角都には不快だった。待ち人の方へ数歩踏み出した角都は、踵を返すと荒々しく相棒の元へ戻り、座ったままの相棒を無理やり引き起こすと急に何だよテメーとわめくそれを連れて情報屋を迎えるべく歩きだした。本人は信じていないようだがこれは角都が殺すのだ。断じて勝手な真似をさせるわけにはいかないのである。