ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

手のかかる男(ss)

藤堂様からのリクエスト「こたつとミカンな角飛」です。藤堂様、いつもありがとうございます。



灰色の地べたにはりついている黒い家々がみな同じように見える。とにかく寒い国だがこんなに寒さが堪えるのは血を失いすぎたせいかもしれない、とオレは考えた。角都はへっちゃらな顔をしているから。正午近いというのに低いところにある太陽が、そこだけ薄くなっている雲を通して黄色い光を投げているが、それを浴びても寒さはやわらがず、オレは震えを押し殺すために歯を噛みしめて肩に力を入れ、白いような黒いような地面に落ちている長い相棒の影を踏むようにして歩いた。影までが不機嫌そうにむっつりと見えて、オレは心の中でブツブツ唱える。この無神論者め、儀式をはしょるなんてとんでもねえ、まあテメーがつべこべ言わなきゃもっと早く終わらせるつもりだったが。こんな喧嘩には慣れっこなんだが、こう寒さが厳しいとちょっとつらい。たれこめる雲の下に伸びる道は果てしないように見えた。太陽が落ちればもっと寒くなるのだろうが、そのころまでに目的地に到着できなければオレたちは更に寒い夜を野外で過ごすことになる。喧嘩をしていなかったら相棒のすぐ隣を肩をぶつけるようにして歩くことができるし、ちょっとは寒さもマシなんだが。相棒の影だけを睨んで足を引きずっていると、その影がもっと暗い影に飲み込まれたのでオレは頭を上げた。目の前にあるのはどう見ても普通の民家だが、良く見ると表札の隣にかすれた字で、民宿、と書かれている。板戸を叩く角都に応えて出てきた女が戸の隙間からオレたちを覗く。暗い屋内に向けて角都が何か言っている。そうかこのあたりもあまり客が通らなくなったからな、しかしこちらも不慣れな旅ですっかり参ってしまったのだ、悪いが休憩だけでもさせてもらえまいか、金は払う。「不慣れな旅」やら「すっかり参る」やら「金は払う」やら聞き慣れない言葉に考えがついていかないオレの前で板戸が開き、角都がオレの手をつかんで中へ入る。通された小さな座敷で、やはり小さなコタツに足を入れ、土地のものらしいつやのないミカンを沢山運んできた女が出ていくと、初めて角都がオレを見て口をきく。おい、手を離せ。まだ震えの止まらないオレは両手をコタツから出すことができない。角都の右手をつかんだまま、いや角都の右手につかまれたままの左手は、コタツの足を一本隔ててオレの側じゃないところに入っているが、それを出すのはどうにもいやだ。今さらカタカタ歯を鳴らしながらオレが首を横に振ると、角都はふーと言って左手でミカンを取り、片手で器用にむき始めた。前に押しやられたミカンを眺めていると、またふーと言った角都が片手でミカンをばらし、ひと房をオレの口に放り込む。ちゃんと食っておけ、しばらくしたらここを発つ、目的地までちゃんとしたメシも宿もないからな、覚悟しろ。すっぱいミカンを噛みながら、聞きようによっちゃキツイ言葉をオレはうんうんと聞き流す。メシも宿もないなんて珍しくもない、ひどく寒いだろうがどうせオレは不死身だし。ようようコタツから出した右手でちぎったミカンの房を口に運び、オレは角都の目をしっかりと見て答える。へっ、こんな寒さ屁でもねえ、テメーが行くんならいつでも行けるぜ、相棒。