ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

俺の手のひらで歌え、小鳥よ(パラレル)(TEXT)

電車に乗っていて妄想したパラレル話です。当方の下品さをご存じの方なら予想がつくでしょうが、ええ、そのとおりそんな話です^^;



 そのときには気がつかなかったが、オレのすぐ後ろから乗り込んできた男は確かにさっきオレがぶつかった相手だった。疲れてぼうっとしていたオレはホームを移動するときに隣を歩く男に体をぶつけてしまい、でも急いでいたので謝りもしなかった。同じホームを歩いていたんだから同じ車両に乗り込むのも別に珍しいことじゃない、けれども空いていた座席に腰を下ろしたとたんそいつに目の前に立たれて、オレはちょっとびびる。オレだってけっこうでかいけど、そいつはもっと背が高くて体も厚く、しかもそれほど混んでいない車内だというのに、なぜかオレの膝に自分の膝をぶつけんばかりに寄って立っているのである。
 相手にばれないよう、オレは視線を足元から少しずつ上げていく。靴、ズボン、ベルト、ワイシャツ。ベルトの位置が高い。背広を着てネクタイをしている、ということは景気のいい会社なんだろう、オレの会社は九月になってもシャツ一枚で団扇片手のクールビズだ。そっと顔をうかがったオレはうっかり相手と視線を合わせてしまい、慌てて俯き下手な寝たふりをする。頬に縫い目の走るそいつは男前と言っていい顔だったが、その鋭い視線がまともにこっちを睨んでいたからである。こいつはオレに敵意を持っているに違いない、ぶつかったのに謝らなかったからか、あるいはじろじろ観察したのがばれたのか。こんなときには寝たふりに限る、幸いオレの駅は終点だし、その前にこいつが降りていけば万事オーケーだ。
 ところが次の駅、飲み会帰りの連中がうじゃうじゃ乗ってきたことでオレの寝たふり作戦は裏目に出ることになる。急に人口密度が増した車内で男の体は押されてたわみ、吊皮を放したそいつはオレの背後の壁に両手をついて身を支える。それはいいんだが、男の両腕に挟まれたオレの頭に奴の顔がえらく接近しているようなのだ。満員電車で動きが取れないとはいえ、この近距離は居心地が悪い。
 オレは寝たふりをしながら座高を下げるべく腰を前へずらす。すると、どうしたはずみか男の片脚がオレの股の間に深く割り込み、電車の揺れに合わせてオレの前をこすり始める。ぎょっとしたオレはつい太腿で男の脚を挟んでしまい、寝てるくせにこりゃ不自然だと急いで力を抜く。正直もう寝るどころじゃないが、今顔を上げたら奴の顔を至近距離で見なきゃならないからオレは必死で寝たふりを続ける。まわりの酔っ払いどもはとても賑やかでオレの危機なんかに気づきそうもない。電車の振動のせいか、背後の群衆に押された男の膝がときおり絶妙な強さでオレの急所に押しあてられる。もぞもぞ腰を引いても膝はどいてくれないし、戻った座高のせいで男の吐息が耳元にかかるしで、逃げ場を失ったオレは泥船に乗ったタヌキのようにうろたえる。
 と、切り替えポイントを過ぎた車両が大きく揺れて、大勢の重量を背負った男がオレの上にのしかかってくる。車両のあちこちから小さな悲鳴や呻き声が上がる。オレもつい呻いてしまう。というのは、さっきからこすられてかなり具合の悪いことになっていた股間に男が片手をつき、不必要なほどの的確さでこねるようにそこを揉んだからだ。思いがけない快感と自己嫌悪で耳まで熱くし、それでもかたくなに寝たふりを続けていたオレは、次の停車駅で突然、ぐい、と腕を引かれて泡を食う。
 男は何も言わずにオレともどもホームに降りてしまい、えっなにっ、とわめくオレを暗がりにある自動販売機の側面に押さえつけるといきなり口で口をふさいでくる。大きな手がオレの胸やら脇腹やら尻をまさぐり、気持ち悪くじっとりしている股間も容赦なくつかまれる。これって意趣返し、それともオヤジ狩り?とパニックになっていたオレは、さんざん触られてからもしやこれは痴漢ではと思い当たるが、その時にはすっかり息が上がっていて、そのまま男の手で二回目を放出してしまう。
 やっと口を放した男はこちらの顔をじっとのぞきこみ、お前誘うのがなかなかうまいな、ととんちんかんなことを言う。ハァー?誘ってなんかねーよ!それにしては目を閉じたり股を開いたりとずいぶん思わせぶりだったぞ。違うってェ、つか電車行っちまったじゃねーか、てめーどうしてくれるんだ!せいぜい凄みをきかせてわめいてみたが男は涼しい顔で腕時計を眺め、当然のようにオレの腕をつかんで改札へ向かう。振りほどこうとしてもびくともしない。放せ、と大声を出すといったん足を止め、面倒くさそうにオレに言い聞かせる。今の電車が最終だ、ということはお前にはもう足がない、それに下着を汚したままふらふらしているわけにもいかないだろう、だからひとまず俺の部屋に来い、そこで着替えてから話し合おう、いいな。

 男の言葉を信じてのこのこと奴の部屋までついて行ったことが、その日オレが犯した最大の過ちだったのだと思う。その結果、料理がうまくてセクシーで有能なビジネスマンである恋人を得ることになったにしても。オレたちはよく喧嘩をする。そんなときオレは、あのときのアレはてめーの勘違いだったんだぞ、と力の限り主張するが、肝心の恋人はフンそうかと鼻で笑うだけだ。まったく信じてねぇな、クソ、とオレは悔しさを噛みしめる。そして、あれは完全に角都の誤解でオレはこれっぽっちも誘ってなんかいなかったことをいつか認めさせてやる、それまでは別れてなんかやらない、と飽きずに心に誓うのである。