ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

無益な啓発書(ss)



その日、飛段は自分が角都に惚れているのだとはっきり告げようと考えた。すると心の中の靄が晴れて実にすがすがしい気持ちになった。振られるかもしれないがそれがどうしたというんだ、こっちが好きだって言えりゃそれでいいじゃないか。そう思うと一刻も早く実行に移したくなった飛段はアジトの中を歩き回り、やっと塔の最上階で相棒を発見する。見晴らしの良い小窓のそばに椅子を据えた角都は、窓枠に置いた片腕を枕にして居眠りをしていた。膝の上には本が開いたままに置かれている。小さなその場所は明るく静かで、下階から昇ってくる温気でほんのりと暖かく、どかどかと上がっていった飛段は急に気後れして歩調を緩める。うるさがる角都に強い大声で「マジ本気でお前を愛している」と宣言する覚悟はできていたのだが、無防備な相手にはどのように接すればよいのかよくわからない。飛段は身をかがめて相棒の寝顔を覗き、しばらくうろうろ考えたが、やがてぎこちなく相手の足元に片膝をつくと、足りない文章能力を駆使してできる限り誠実に自分の思いを述べ始める。ひそめた息だけの声で上目遣いに相手の寝顔を伺いながらの告白は非常に不甲斐ないが、これは予行練習だからと飛段は自分に言い訳をし、何度もつっかえるたびにきちんと言いなおして気持ちを伝える稽古をする。相対する角都は今さら起きているとも言えず、じっと寝たふりを続ける。最初は面白がっていたのだが、だんだんそれどころではなくなり、今では覆面の下で冷や汗をかいている。…ゆうべも握りっこしてるときオレがイイっつったらオメーちょこっと先に出しちゃって小せえ声でシマッタっつったろ、あーいうときオレほんとにオメーが可愛いっつーか愛しいっつーかたまんなくってよォ、…あーこのネタもしかしてやべーかもしれねえ、本番ではナシな、よしじゃあ次だ…。困りに困っている角都の膝の上で本が暢気に警句を吐いている。これがあなたの人生だ。リハーサルではない。