ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

新年5(パラレル)(TEXT)

「どうにもとまらない」の角都視点です。こあん様、リクをありがとうございました。おかげさまで新年早々角飛にどっぷり浸れました。しあわせ…(#^.^#)



 ホテルのテレビから歌番組が流れている。テレビを見る習慣がない俺にはひどくやかましい番組だが、狭いシングルベッドに俺と並んで座っている若造は楽しんでいるようで、曲に合わせて小刻みに体を揺らし、その振動がこちらにも伝わってくる。くすぐったいような感覚をテレビからの過剰な情報で紛らわせようとしている俺に、隣の若造が、角都よ、オメーの好きな歌手ってだれ、と訊いてくる。特にないと答えるとあっそうと返され、そこで会話は途切れる。先刻俺に惚れていると抜かした若造だが熱はじきに冷めるだろう、と俺は考える。同じ会社に属していることのほか、俺たちに共通点はほとんどない。
 暁建設は主に中小企業工場の建設を請け負っている。顧客とのいざこざで前の社を辞めて自棄をおこしていた俺は、雇用保険を申請する気はなく、さりとて収入が途絶えるのも気に入らず、新聞の小さな求人広告を見てここを受けた。首尾よく採用はされたが、真面目に仕事をするつもりなどなかった。少しばかり遊んで飽きたらもっと歩合の良い仕事を探すつもりだった。
 経理を受け持ってすぐにわかったことだが、暁建設は良くも悪くもこじんまりとしており、無理な事業拡大に手を出すことなく常に現状を維持する会社だった。当初大人しくしていた俺だが次第に辛抱を切らし、すでに請け負っている契約内容を見直すことで収益増を図ろうとした。独断による事業変更は組織の秩序を乱す。どうせ辞めるのだからと勝手を通したのだが、誰もそのことに異を唱えず、かと言って特に感謝をされることもなく、無茶をしたつもりの俺は拍子抜けした。社長は、やりたいようにやるがいい、だが経過報告はちゃんとするように、とだけ言った。企業目標を「世界征服」とするような変わり者だが、社員たちはそれをからかいながらも慕っているようだった。
 件の若造は現場グループの一人で名を飛段という。悪人面がいかにも田舎の不良らしいが、性根は存外に素朴で人懐っこく、頭も悪くない。仕込めばいい営業マンになるだろうと気に掛けているうち、厄介なことだが俺は若造に性的な興味を持つようになった。笑う姿を見て閨でもあんなふうに身をよじるのだろうかと考え、酒の席で居眠る様から事後の様子を想像する程度だが、やましい気持ちはあり、あまり接点を持たぬよう心掛けた。若造から寄ってくることもなかったので、このまま俺が離職すればすべてなかったことになるはずだった。
 ホテルの部屋でいきなり若造に襲撃されたとき、とっさに反撃できなかったのはうしろめたかったからである。劣情の目で若造を汚していたし、部屋のキーを探すことを口実に相手の体を撫でまわしたのはいかにも露骨だった。何より自分の思いを見抜かれていたことが恥ずかしく、身を焼かれるようで、殴られてそれで済むのなら甘んじて受けようと思った。それが数時間前のことだ。
 若造には若造の思惑があったらしくたいそう抗ったが、体格と経験に勝る俺の敵ではなく、俺は奴の体を後ろから羽交い絞めにして腰を振るい、横から奴の片脚を抱え上げて腰を振るい、前から抱きしめて腰を振るった。枕元に置いたベアリング用グリースの容器が床に落ちたが、二回目以降は不要だったので気にせずそのまま行為を続けた。ことの最中は俺自身の嗜好がうかがえる技巧も尽くし、かなり恥ずかしい本音も言った。旅の恥はかき捨てだ。暁を辞めたらこいつとも別れることになるのだし。
 テレビの歌番組は終わった。俺たちもこれから就寝するが、一つのベッドで眠るわけにもいかないだろう。俺が動くか相手に清潔なベッドを使わせるべきか迷っていると、ふいに若造があっと言ってベッドから降り、床に散らばっている服を着こみ始めた。
「角都も着ろよ、早く」
「何だ、今時分に」
「初詣だよ。来るとき鳥居あったの見たろ、あすこ行ってみようぜ」

 外の冷え込みは厳しく、スーツの上にホテルの半纏を羽織った俺たちの口と鼻から息が白くたなびいた。せめてもの防寒にマスクをしてみたが、呼吸が凍りついてかえって冷たいので外してポケットへ押し込む。無神論者の俺が初詣。何だか現実感がない。仕事でもないのに真冬の深夜に外出する、こんな無駄なことを俺がするとは。
 若造は寒さと腰の痛みを訴えながら、それでもきっぱりと歩いていく。街灯のない道なのに道路に黒々と影が落ちていて、見上げれば月が煌々と輝き、星々がかたく冷たい光を放っている。オリオン座、おおいぬ座こいぬ座、北斗七星。むかし、故郷の空もこのように暗く輝いていた。遠く離れたあの場所に一周回って帰ってきたような気がして、俺は一瞬寒さを忘れる。
 古ぼけた鳥居は斜めに傾ぎ、参道の敷石はでこぼこに乱れているが、それでも数人が集ってだいだい色の白熱電球が灯った社へ参拝している。静かに笑いさざめく声が白い息となって彼らのまわりに漂う。若造は遠慮なくその集団を追い越して拝殿前に立ち、カンコロンと小銭を賽銭箱に投げ、鈴を揺すって手を合わせ、しばらくじっとしたのちに、よし、と言って俺の方へ戻ってきた。
「何を願った、飛段」
「あー、秘密だ秘密」
「けちるな」
「おいおいケチはテメーだろ、そんないいケツしてるのに使わせねーなんて宝の持ち腐れだっつーの」
 けど神様ってのはやっぱすげーぜ本当にオメーと付き合えたもん、と若造は月に照り映える白い顔をこちらに振り向ける。俺はたまらず目をそらし、若造と並んで月を見上げる。闇に慣れた目に眩しすぎる月は磨いた貨幣のようだ。若造の白い息を吸いながら俺は考える。金ではないものを追い求める人生に意味などあるのだろうか。ないのかもしれない。けれどももし、あるとしたら。