ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

気分屋(ss)

ずいぶんなフライングですがVDネタです。



まだ冷たい風に蝋梅の香りが漂う日、予定通りに大名暗殺の任を果たした角都は謝礼の宴に招かれた。角都はもともと饒舌な男ではないが、その日は特に寡黙であった。注がれた酒を飲み干すほか、あとは繻子張りの脇息に寄りかかってむっつりと黙りこくっている。仕事の依頼主である次期大名は地域の名産珍味を卓に並べ、美しい女たちをはべらせて殺し屋の機嫌を取ろうとしたが、なかなか思うようにはいかず、焦り始めた。礼金が足りなかったのだろうか。いや、金額は角都の言い値であったし不足がないことは確認済みだ。もてなしにも滞在部屋にも気を配ったし、では不機嫌の原因は、と次期大名が考えあぐねていると、りんりんと鈴を鳴らして郵便屋が配達に来た。角都様へ、と届けられた小さな荷。衆目の中、包み紙を破り開けた角都はかすかに唇の端を上げる。にじりよった次期大名がそっと覗けば、角都が手にしているのはなんと駄菓子が入っている紙製の筒だ。筒にはへたくそな太い字で「かくずへひだん」と書かれている。目をしばたたく次期大名に角都は先ほどとは打って変わった上機嫌な声で、おい、と呼びかける。この酒は悪くない、もう一本頼めるか。もちろん、と答えて次期大名は自席へ戻る。マーブルチョコをつまみにして飲む相手の嗜好に驚きはしたが、むら気な相手が上機嫌になってくれればそれでいい。つまらんことで殺されるのはごめんだ。それにしても「へひだん」とは何の暗号なのだろう。