ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

ファンタジー暁の国:オレはネコじゃねーから木からも落ちんだよ!(ss)

※角飛界の高級デパート、「dd-more」のこあん様がこのところ描いておられる「ファンタジー暁の国」に便乗して小話を書かせていただきました。なんだかわけわからん話ですが、こあん様のこの作品からの妄想です。こあん様、いつも上質の萌えをありがとうございます。



 ひょんなことで妙なガキを拾ってからというもの、俺の生き方はずいぶんと変わってしまった。かつての俺を知る者たちは口々に言った。孤高の武人が子どもの守りとは!家老職に目がくらんだのか?なんという堕落だ!嘆かれようが笑われようが、俺は黙っていた。妙なガキには妙な能力がそなわっており、それに従って生きていくのがひいては一番の得策だと思われたからだが、自分自身ですら納得できていないその理由を他者に説明することが難しかったからである。
 俺はガキの養育に力を注いだが、どれほど手塩にかけたところでガキはガキであり俺の思うようにはならない。良い例がカネだ。肥沃な地に恵まれた暁の国は小国ながらもそこそこの資産があり、それを運用して国家予算を成り立たせているが、無駄遣いが許されるほど豊かではない。だがガキは平気で浪費する。ゆくゆくはこいつが国を束ねていくというのに。
 もういっこでコンプなんだよー、どうせあとで買うんだからおんなじだろー。
 来月のこづかいまで待てと言ったろう。
 だからまてないんだってば!
 うるさい!ダメなものはダメっ!
 これだからジジイはヤなんだよっ!
 憎たらしい台詞をキイキイわめいてガキが走っていく。軽い足音は健康の証だ。栄養が偏らないようメシを食わせているこちらの苦労も知らんくせに、と俺は鼻を鳴らす。自ら選んだ人生が不本意なものに感じられる時もある。今がそうだ。報酬が欲しくてガキについてきたわけではないが、アレが俺に感謝する日などけっして来ないだろう。それでも家老の俺にはアレを立派な国の長に育て上げる責任がある。
 そんなことを考えながらうっそりと突っ立っていると、たまたま通りかかったらしいガキの教育係が慰めてくれた。強面だが実はこまやかな気配りをする有能な男で、このような者を配下に得たガキはやはり強運の持ち主なのだと俺は思う。
 いつかきっとわかってくれますよ。
 どうだかな。
 子どもはみんなあんなものでしょう。あれでいいんですよ。
 お前の愛弟子は違うだろう。
 あの人は特別です。それに子どもがみんなあの人のようだったらその国は不幸ですよ。
 彼の教え子は賢く落ち着いていてすべての技に秀でている神童だが、あの静かな面の下に別の自我を押し殺しているとしたら、そして押し殺していることに慣れてしまっているとしたら、確かにそれはとても不幸なことかもしれない。慰められながらそんなことを考えていると、遠くからあのガキとは違うキイキイ声が聞こえてきた。
 よせよ、よせって、うん!あーバカ!よせっていったろうが、うん!
 ガキがよく一緒に遊んでいる黄色い毛のチビだろう。いやに切迫した声なのでとりあえず行ってみると、大ぶりの桜の枝からガキが両手でぶら下がっているのが見えた。見ているうちにガキの手は枝から離れ、小さな体は地面に落ちた。足から落ちたのは立派だが、そのまま尻もちをついた様子はなんともぶざまだ。ガキに駆け寄った黄色いチビが目ざとく俺を見つけて、かくず、かくず!とわめく。
 早くきてくれよ、うん!不死影様が木から落ちたんだ、うん!
 わざとゆっくり近寄った俺は立ったままガキを見下ろし、なんだそのざまは、と言ってやった。ガキは口をへの字に曲げているが泣かずにがんばっている。
 あのぐらいの高さから落ちたぐらいで大騒ぎするな。お前は身のこなしが鈍すぎるぞ、今度たっぷり稽古をつけてやる。でいだら、お前遊んでいる暇があるならきさめ先生に伝言を持って行け。さっきの話は先生の言った通りだと思う、と伝えるんだぞ。わかったか。
 大人が来てほっとしたのかチビが明るい顔でうんうんと頷き、屋敷に向かって走っていく。黄色い毛が見えなくなってから俺は地面に膝をつき、ざっとガキの体に触れて大きな怪我がないことを確かめた。
 つめ、とれちゃった。
 また生えてくる。
 マジで?
 俺が嘘を言ったことがあるか。
 ふえ、ふえ、と泣き始めたガキを俺は背におぶい、そのあたりをうろうろ歩いてゴミ拾いをした。空き缶は量さえあれば換金できる。それに俺だったら泣き顔を他人に見られたくはない。見当たらない空き缶を探してしばらく歩き回るうちにしゃくりあげていたガキがおとなしくなったので、屋敷に戻ろうと踵を返すと、ガキが手を伸ばして俺の両耳をそっと握ってきた。
 かくず、おみみホカホカ?
 不覚にも涙が出そうになり、俺はあわてて目を見開いて水分を飛ばす。多分このガキはこれからも愚かでわがままで、憎まれ口も山ほど叩くに違いない。だが俺はいつだってこいつのそばにとどまり、道を誤らないよう守っていこう、迷うことなく心からの喜びをもって。春とは名ばかりの冷え冷えとした風の中、さらに冷たい指で耳をつかまれながら、俺は世界に向かってそんな誓いを立てたのである。