ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

左右の違い(TEXT)

「消耗戦」の続きです。


 飛段が儀式を始めた。相手もなかなかの手錬れだったがこうなったら終わりである。
 角都は傍らでそれを眺めていた。多勢との戦いで久しぶりに心臓4つを失い、自身も傷つき、立っているのがやっとという有様だ。チャクラの残量も少ないが、この敵を片づければ一息つけるだろう。飛段は角都よりもさらにひどい状態である。右腕を失い、腹から腸を垂れ下げながら、やりにくそうに儀式を行っている。
 飛段が杭で胸を刺し貫くと、いつものように敵が倒れ、次いで飛段も陣内に横たわった。つられたように角都も地面に腰を下ろす。しばらく飛段は仮死状態となるが、30分もたてば元気に起き上がってくる。あれの腕や腹は縫ってやらなければならんな、と角都は考えたが、それは後回しで良いと判断し、まず自分の回復のためにチャクラをめぐらせた。とにかく疲弊していた。

 ふ、と違和感が意識をかすめて角都は頭を上げた。ねぐらを失った鳥たちが上空を旋回しているが、特に奇妙なものは見当たらない。累々たる屍と焼け焦げた木々から立ち上る煙、胸に杭を立てた飛段。すべて先に見たそのままの光景だ。
 気のせいだと思いたがる体をなだめて、角都はチャクラを回復経路から切り離した。何がおかしいのかわからないが、このような違和感を疎かにしてはならないことを経験上知っている。視界に異常はない。死体と飛段。木々。煙。
 皮膚に風が感じられるのに煙がたなびいていないことに気づいた角都は、解術の印を切りながら横へ転がった。攻撃を避けきれなかった左肩の肉が削られるが、そんなことより幻術を見抜けないほど油断をしていたことの方がショックだ。見れば先ほど飛段に倒されたはずの男がそこに立ち上がっていて、角都が今しがたいた場所へ向けて手刀を突き出していた。指先の穴から吐き出される風が鋭い音を立てている。風圧で真空を作り出すのか、風の軌道上の物体がスパスパと切断されていく。
 貴重な数瞬を費やして角都は儀式中の飛段を確認した。正しくそのタイミングで、男は、今度は豪火球を飛段に向けて放った。

 後になって、男の行為はどこまで計算であったのかと角都は考えたものである。死司憑血の仕組みを男は身をもって学んでいた。術者に必ずはねかえる大技を繰り出したのは、飛段だけでも倒そうと捨て身の攻撃をかけたのかもしれないし、角都自身とっさに下した判断を先読みしたのかもしれない。
 ともあれその時角都が考えたのは、飛段は幻術を見破っていないだろうから、まともにあれを食らうだろう、ということだった。不死身という特質が焼かれることにも有効なのか、角都にはわからなかった。完全に灰になり、風に吹き散らされても、それでも飛段は蘇るのだろうか。

 角都は印を結んだ両手を地につき、土遁を発動させて飛段の体を地中に引き込んだ。硬化に使うチャクラはもう残っていない。男はすでに至近距離に迫り、低い姿勢の角都を上から狙っていた。風圧でマスクが切断された。
 片頬を切り裂かれながら、角都は鋭利な刃物のような男の手に食らいついた。過度の興奮と恐怖で飛び出して見える相手の目を睨み返し、顎の力で骨を粉砕する。男は短く叫んだ。口は大きく開かれたままだったが、地から離れた角都の手が心臓をえぐったため声が途切れたのである。

 いつもの恍惚感が訪れないことに苛立ち、なかなか神が降りてこないのはどうしたことか、オレ見捨てられたのかと考え込んでいた飛段は、いきなりの落ちる感覚に反応が追いつかなかった。他には誰もいないのだから、これは角都の術だろう。円陣は壊れちまったに違いない、儀式の邪魔しやがって!ただでさえうまくいっていないのに!
 怒りにまかせて土を蹴散らし地上に這い出るが、疲労がつのるし右腕の切断部と内臓が土まみれになるしで実に腹立たしい。イライラと角都を探すと、相手は先ほどいた場所にそのまま座りこんでいた。
「おい、なにしやがんだよ角都ー」
 角都は半眼でじっと動かない。体から繊維を出して顔やら体やらを盛んに縫っている。珍しく弱っている相手にはまともに怒ることもできず、飛段は手持無沙汰に自分の腸をいじった。土を払おうとして右腕がないことを思い出し、最後の敵に切断されたそれを回収しに行く。腸は適当に押し込んだが腕は縫ってもらった方が治りが早い。怒りが長続きしない性質の飛段は、接合を頼むためにいそいそと角都のもとに戻った。
 角都はまだ自分の体を修復していた。かなりひどくやられたのだろう。暇な飛段は角都のすぐそばに転がっている死体を足の先で蹴りながら眺めた。くたびれた頭で鈍く思考する。

(これ、ついさっきオレが殺った奴だ。変だな、なんで死体のくせに移動しているんだろう。しかもすげえ顔して死んでるし。さっきもこんなだったっけか。げっ、なんかグチャグチャでドバッと血が出てら。なんだよひでぇなァ、オレの儀式の痕はもっと小奇麗なはずだぜ。これじゃまるで角都が心臓抜き取ったあとみてえじゃねーか)

「座れ」
 唸るように角都が言った。死体を蹴るのをやめた飛段は素直に角都の前に座り、ちぎれた右腕を傷口に押しつけて待った。角都はちょっとその角度を修正すると、いつもよりゆっくりと縫い始めた。クイクイ、スイスイ、と繊維がかすかな音を立てる。

「あー、あいつ、死んでなかった?もしかして?」
「ああ」
「やっぱそーか、神が降りてこねーはずだよな。お前殺ったの?」
「ああ」
「…悪ぃ、左手でやったからよ、狙い外しちまったみてー」

 ふーん、これあいつか。おとなしく縫われながら飛段は耳をそばだて、角都の中から聞こえる心音に聞き入っていた。