ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

コーチング(TEXT)

なんの話だろう?きっと私が眠かったんです。
だらしない飛段とカリカリする角都が書きたかったんですが…。



 飛段は寝起きが悪い。夏の間はそうでもなかったのだが、気温が下がるにつれて顕著になってきた。角都に髪を掴まれて引き起こされた後もぼんやりと座りこみ、やっと立ち上がると用を足しに行き、遅さに業を煮やした角都が見に行くと用を足したままで寝入っていたりする。角都が幾度も教育的指導をしたが、まるっきり効果がない。それどころか最近では指導に慣れてしまったふうもあり、角都は頭を抱えていた。殺すぞという脅しが通用しない人間をどうすればいいのかわからなかった。

 起きないものは寝かせておけばいいだろう、とアジトで傀儡の仕込みをしながらサソリが言った。角都は持参した酒をあおった。
「移動に支障が出る」
「おいていけよ、ガキじゃねぇんだ」
「奴はそれなりに有能だ。戦闘に欠くには惜しい」
 相方変えりゃいいだろうが、とも言われたが、角都は返答しなかった。どうせアレしか自分の連れは務まらないのだ。ふん、お前がひとの扱いに困るとはな、とサソリが面白そうに言った。
「いっそ、起きられたら褒美でもくれてやっちゃどうだ」
「褒美?何をだ」
「知るか、本人に聞け」 

 有効な手立てがないまま飛段の寝坊はしばらく放っておかれたが、しびれをきらした角都によって再び問題化された。勢い余ってバラバラにしてしまった飛段を狭いユニットバス内で繋いでいる間に退室時間が過ぎ(安ラブホだった)、追加料金が発生したのである。大した額ではないが、完全に無駄な出費に角都のプライドは大いに傷ついた。

 立ち食いスタンドでかけそばをすすりながら、これからは野宿のみだと宣言された飛段は不平の声を上げた。
「オイオイかんべんしろよ、今までだってほとんど野宿じゃねーか。雨の日ぐらいはどっか泊まろうぜぇ。風呂もたまに入らねえと臭くってたまんねぇし。ジジイと違ってオレはシンチンタイシャがだな、あいてっイテテテテテテテ」
「誰のせいだと思っている。そもそもお前が寝汚いのが悪い」
「イギタナイってなんだ?…まいーや、あ、オヤジ、水おかわり」
 つゆまで飲み干した飛段は、ひねられた頬をさすりながら手元の雑誌をめくり、油じみたページを角都に見せた。
「ほら宿場ナントカ情報があるぜ」
「激安、だ」
「安いのたくさんあるじゃねえか。なぁー雨の日はさァ、野宿こたえんだよ角都ゥ」
 飛段が納得しないのは想定済みだった。褒美というサソリの言葉をあれから何度も反芻していた角都は、それを使ってみることにした。
「そうだな、もしこれからお前が朝ちゃんと起きるのなら、雨の日は宿をとってやろう。だが起きられないようなら、」
「よっしゃー!決まりな!やたっ!」
 愚かな相棒の派手な喜びように、角都はダメ押しの言葉を飲み込んだ。今までと変わらない条件で飛段の寝坊が改善されるのなら言うことは何もない。うまくいかないなら宿を取らないだけの話だ。金のかからない策は万人に優しい。

「アンタ、朝弱いのか?」
 飛段の隣にいた若い男が声をかけてきた。飛段が上機嫌に、オウよ!と答えた。
「それはアレだな、血行が悪いんだ。起きたら頭を床につけてうずくまるといい。で、誰かに背中をさすってもらうんだ、こんなふうにな。そうすると目が覚める」
 へぇーと相槌を打つ飛段の背を男の手が上下にさすったが、その舐めるような視線と腰椎の上でわずかに時間をためる手の動きが角都には不快だった。明らかに男は飛段の体を楽しんでいるし、飛段の方は己の体に無頓着すぎる、と角都は思った。

 行くぞ、と言い捨てて角都がカウンターを離れると、あー待てよ角都ゥ!と騒ぎながら飛段がすぐに追ってきた。おさわり男は置いてけぼりだ。こんなことで優越感を持つ自分を遺憾に思いながら、角都はさりげなく飛段の背を払った。