ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

やるときゃやるぜ(TEXT)

角都と飛段ががっかりな感じの共同作業をする話です。


 冷え冷えとした雨の中、オレたちが出くわした術者はそこそこの実力者で、かかっている賞金も悪くなかった。真面目に修業を積んで習得したらしいご立派な技は効果も立派なものだったが、まあ角都の敵じゃない。けど、術者が死の間際に厄介なものを召還したので、急に戦いが長引くことになった。
 使役獣は、小山ほどもあるバカでかい闘牛だった。真っ黒で角を前に突き出しベエとかボオとか鳴くあれである。ガヅリと踏み出した前足で巨木を踏みつぶした牛は、縁の赤い目でぎょろりとオレたちを見おろし、ブフーといって口と鼻から粘液を振り飛ばした。

 とりあえず背後へ飛び退いたオレは、元の場所に立ったままの相棒に向けて叫んだ。
「おい、あれマジでヤバくねーか」
「制御不能になっている。術者が死にかけているからな」
「つーかさっさと逃げよーぜ、おめー五回死んだら終わりだろ」
「賞金首を回収するのが先だ」
 牛を仰ぎ見てみた。角に術者の服が絡まり、体がぶらぶら揺れている。
「諦めろよ角都、あんなの取れっこねーって!おい!」
 角都は黙って牛の頭を見据えている。うわあこいつどうしてもあんな所にくっついてるアレを手に入れるつもりなんだ信じらんねえ!とオレは驚き、まったく今さらだけど、あらためて相棒の金への執着に呆れ半分の畏敬の念を抱いたのだった。

 ガツガツと音を立てて踏み込んできた蹄にも角都が動こうとしないので、オレは慌てて飛び戻り、相棒のコートを引いて鎌を飛ばし、牛の進路を変えようとした。踏まれはしなかったが、それは牛の狙いが外れただけで鎌が有効だったわけじゃない。頭上を越えていく牛の腹を見ながら、こんな巨大なものに物理的な攻撃をしかけるのはばかげているとオレは実感した。
 引き戻した鎌を、横から握ったのは角都だ。刃先にこびりついた牛の組織を調べ、それをこっちに突き出してくる。
「よし、いいぞ飛段」
「えぇ?」
「あれの血だ。儀式ができる」
「なに、ちょっと…ハァ?あれ牛だぜ?」
「忍獣だ、忍みたいなもんだろう。それともなにか、獣を贄にしてはいけない戒律でもあるのか」
 常になく角都が早口でまくしたてるので、オレも焦って考えた。そんな戒律はない。ないけどなんだか納得できない。なんでオレがそんなことをしなきゃならないんだ?

「…おい、おめーの金儲けのために儀式をしろってのかよ」
「金だけではない。アレ野放しにしていたら周りの村がどうなると思う。お前には道徳心がないのか」
「ケッ、S級犯罪者がなに抜かしやがる。アレが暴れてんのだって、もとはと言えばてめーのせいじゃねーか」
 方向転換した牛がまたブフーと言ってクソを垂れた。オレたちの上じゃなかっただけマシだが、ひどい臭いからは逃げられない。雨は冷てえしあたりは臭えしでとことんイヤになってきたオレは決心した。やってやる。けどタダじゃやらねえ。

「わかった、オレの儀式が必要なんだな。だったら取引しようぜ。今日のかわりにあとで角都がオレの言うことをきくってんなら、」

 角都とオレは二手に分かれ、こちらに向かってくる牛の両側を駆け抜けて、糞のそばで落ち合った。憂鬱な環境だが他に死角になる遮蔽物がないんだからしょうがない。オレは血のついた牛の毛のかたまりを口に入れ、気色の悪いそれをチュウチュウ吸ってからペッと吐き出した。杭で掌を裂き、流れる血で陣を描く。術が発動し、オレの体はいったん白黒に染まったが、すぐに消えた。雨で陣が流れたのだ。切れた部分を継ぎ足してもすぐに流れる。
 牛が戻ってくるんじゃねーかと気が気じゃねえし臭えし寒いしでイラつく俺の隣で、角都がコートを脱ぎ、それを両手で広げ持ってオレを呼んだ。
「この下でやれ」
「おいおいマジかよ…」
「陣を小さくすればいい。やれるか」

 角都はずるい。こういう言い方されて、やれないとは言えないだろう。オレはコートの下に入って、角都に肘やら尻やらをぶつけながらチマチマと小さな陣を描き、杭で心臓を貫いた。
 牛が叫んでのたうつ。なかなかしぶとい。すごく痛がっているが、オレにはそれを楽しむ余裕がない。陣が有効なうちにとどめを刺さないとさっきの取引が無効になってしまうからだ。公衆便所の個室のようなスペースからはみ出さないよう気をつけながら、オレは続けざまに何度も杭をふるった。杭が当たったコートのテントから、ザバリと水が角都の頭に流れ落ちる。
「…なんかオレたちすげぇバカみてーじゃね?」
不本意だがその通りだ。だが、人間は本来滑稽な生き物だからな」
 オレたちはきっとまったく別のことを考えているんだろう。多分、角都は牛の角に引っ掛かってる賞金首の状態を気にかけているに違いない。そしてそのあとにもたらされる金のことも。オレの方は、ジャシン様は牛を喜ぶかってことと、これがうまくいったらいつ何を角都に命令してやろうかということで頭がいっぱいだ。それでいいと思う。見ているものが違っても同じ方を見て一緒に歩く相棒がいるなら、とりあえずそれで万事オーケーじゃないか。