ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

尊厳(ss)



名湯で知られる地をただ通過するのはもったいないと思ったのが間違いだった。公共の露天風呂が混浴だとは思ってもみなかった角都は、肘でつつき合ったりクスクス笑ったりする女たちに囲まれて往生した。女たちが来る前に、大した湯じゃねーや、と早々に上がってしまった飛段が恨めしい。せめて他の男が一人でもいたなら女たちに囲まれても堂々としていられただろう。角都は自分の衣服が置いてある脱衣所に目をやった。たかだか20メートルほど離れた小屋がひどく遠く見える。あそこにたどり着くためには女たちの衆目の中をペタペタと歩いていかなければならないが、何より悪いことに、角都はタオルを持ってきていなかった。手で前を隠しながら歩くのはみっともなさすぎるが、かといって出しっぱなしで歩くのも露出狂のようでいただけない。こうなったらジオングでふさふさと隠して行こうかと思いつめていた時、いつまで待たせんだよ角都ゥ風呂好きにもほどがあんだろと文句を言いながら飛段が現れた。真黒なコート姿でズカズカ踏み込んできた飛段は、身を隠そうとする女たち(着衣の人間の前で裸であることは恥ずかしいらしい。なぜだろう)には目もくれず、湯につかって赤銅色になっている角都に向かってまっすぐに歩いてくる。その肩に乗っている白いタオルを、角都は天からの助けのように仰ぎ見た。おお飛段、俺に尊厳というやつを渡してくれ。その肩の上の白い布きれ、そう、それが、俺の。