ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

翻訳(ss)



ことの後、寝そべっていた飛段が、あっそだ、と声を上げて起き上がり、床に投げ出してある自分のコートをあさり始めた。ずいぶん痛めつけたような気がしたのだが、まったく堪えていないらしいしなやかな背中に俺はひそかに嫉妬する。そんな俺の心中も知らず、飛段はヒョンと身軽にベッドに飛び戻り、冷たくなった足を遠慮なく俺のそれにくっつけながら、折りたたんだ紙切れを手渡してきた。開くとチマチマした活字が並んでいる。

「I LOVE YOU」を訳しなさい。
その昔、「I LOVE YOU」を夏目漱石が『月がキレイですね』と訳し、二葉亭四迷は『わたし、死んでもいいわ』と訳したと言います。さて、あなたなら「I LOVE YOU」をなんと訳しますか?もちろん、「好き」や「愛してる」など直接的な表現を使わずにお願いします。

わけがわからず飛段を見返すと、奴はニカッと笑い、顎をしゃくって見せる。やってみろよ角都、てめー長生きしてんだから気の利いた口説き文句のひとつやふたつ言ったことあるだろ?バカが、と言い捨てて丸めた紙を飛段の顔に投げつける。顔をしかめた飛段は、しかし諦めずしつこく食い下がる。いーじゃねーか減るもんじゃなし、ちっと言ってみろって、金がかかることならオレだってこんな言わねーけど、別に損もしねーだろ、なあ、なあって。余韻が残る体に別の体がすり寄せられ、俺はだんだん落ち着きを失ってくる。いつの間にか掌に収まった双丘の片割れをつかみ、指でその間をなぞりながら、俺は相棒の耳元でささやく。お前はいつか必ず俺が殺してやる。飛段はきょとんとした後ニッと笑い、奴の翻訳を俺に返す。殺せるものなら殺してほしーよ、ホント。