ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

終わり良ければ(TEXT)

軽いですが、グロがあります。ご注意ください。



 オレは忍者だが幻術は使えない。体術はまあ、そこそこだろう。忍術は(オレの特技は忍術なのだろうか?あれは神に対する儀式であって術などという俗なものじゃないと思う)当たれば必殺技だが条件がややこしいものしか使えない。死なないという取柄はあるものの、はっきり言ってオレはたいして強くないのだった。
 困った羽目になって初めてしみじみそんなことを考えてみたが、そのうちに飽きたので別のことを考え始めた。相棒のことだ。そしてオレは本気で落ち込んだ。
 合流したらどえらくどやされるに違いない。角都に遅れて歩くうちに攻撃を受けたオレは相手を深追いし、まんまと囲まれた上、鎖網をかけられて捕縛されてしまった。オレは慌てて吠えたけど、角都に聞こえたかどうかわからなかった。その気になればあいつの足はとても速い。
 それでも奴らの隠れ家に連れて行かれるまでは余裕があった。いかにもな作りの壁に拘束されたときも、へっと笑ってやった。死なないし痛みにも慣れてるオレを拷問するのは時間の無駄だから。
 ところが、奴らがオレに注射を打ってから様子がおかしくなった。

「やはり暁の者か。何人組で移動をしているんだ」
「二人、暁はツーマンセルって決まってんだよ」
「お前の連れはどこにいる」
「知らねえ。先に行ったから多分雨隠れに向かってんじゃねー?」
「連れの名は」
「角都」
「そいつの弱点は」
「ねーよ、奴は強いぜぇ。心臓五つもあっから五回殺さねーと死なねえし」
「武器は」
「武器なんか使わねー。あ、アタッシュケースがあるか、あれでボコられると超いてーんだよな、金がみっちり詰まってっから」
「そいつの好きなものはなんだ」
「金。もーカネカネカネカネうるせえっつーの。崖の下に金が落ちててもぜってー拾うね奴は。あとさ、へへ、口でされるのも好きなんだと思うぜ、昨夜もよー、」

 うおーとオレは一人で怒鳴った。本当のことばかりぺらぺらしゃべっちまった。暁のこともいろいろ訊かれたけど、質問が難しくてよく答えられなかった。オレの粗末な脳に乾杯だ。けれど角都のことは。
 あんな雑魚どもに角都は絶対にやられない、それはわかっているけど、奴らが「心臓が五つあるとはたいしたもんだ」とか「そのアタッシュケースに金がみっちり詰まっているんだな」とか「口でされるのが好きなのか」とか言い出したら角都はどう思うだろう。その場にいないオレが奴らに寝返ったと考えるかもしれない。
 それに、もし奴らが道に金を撒いておいて、それを喜んで拾っている角都を襲撃してきたら?金が気になって角都が実力を出せなかったら?

 オレは拘束具を調べた。とても頑丈にできている。見張りを置かなかったのも頷ける。右肩はオレ自身の杭で貫かれて壁に固定され、左手首と両膝は金輪と鎖でやはり壁につながれている。とりあえず右手で杭を抜き、金輪を調べてみたけれど、どうも外せそうになかった。
 しかたがない。オレは杭をまず左の肘に刺し、その関節を砕いてから体の重みで皮膚と肉と腱を引きちぎった。床に倒れ、両膝にも同じことを繰り返す。ハンパなく痛い。しかも神にも捧げられない無駄な痛みだ。腹が立ってチクショーと叫んでみたが、角都がいたらうるさい黙れと言われるんだろうなと思ったので、それ以上騒ぐのはやめた。
 鎌を取り戻したかったけれどワイヤーの装着が面倒だったので、扉を破壊するのに使った後は置いていくことにした。杭だけでいい。考えてみればこれは仕込杖なのだ。オレはそれを手頃な長さにして移動を始めた。

 いつもの半分になった腕と脚は這うのに充分な長さだったが、傷口が地につくたびいやーな感じの痛みが体中に広がった。気にしないようにしたけれど、オレの重さで傷口がつぶれ、肉がめくれ始めると、さすがに辛くなってきた。まあしょうがない、オレは角都のところに戻らなきゃならないんだから。
 けれど振り向いてみたら、当たり前だけど、建物から今オレがいる場所まで血の跡が続いていて、オレは混乱してきた。角都を見つけられなかったら奴らは戻ってくるだろうし、そしたら今度はオレの後を追ってくるかもしれない。このまま角都のところへ向かっていいものだろうか。
 うんうん悩みながらオレはとりあえず道を外れ、獣のように藪の中を進み始めた。進路はなんとなく雨隠れに向けた。あくまでもなんとなくだ。ガサガサ進んでいたら背後から名を呼ばれ、頭を上げて振り向いてみたら角都がいた。

 藪をこいで瞬く間に追いついてきた角都は、四つん這いのオレの体をひょいとひっくり返すと、抱えてきたらしい俺の腕一本と脚二本をその隣に置いた。あいつらは、と訊いたら、始末した、と短く返された。ずいぶんとあっけないもんだ。散々心配したのがバカらしくなった。
「どこへ行こうとしていた」
「や、なんかいろいろ迷ってよ、雨隠れに向かってたんだけど」
「方角が違うぞ」
「あ、そう?」
 けっこう動いたつもりだったが、角都によるとオレの移動距離はせいぜい500メートルほどらしい。痛ましい努力がまったく無駄だったと知ってオレは嘆息した。こんなことならおとなしく繋がれたまま角都を待っていればよかった。

 角都はオレの腕と脚の切り口から石ころなんかをほじくり出していた。特に腹を立てているようでもない。てっきり説教されるものと思っていたオレは拍子抜けして、訊かれる前にぼそぼそと白状した。
「角都、オレ、あいつらにいろいろゲロっちまった。角都の心臓のこととか」
「そうか」
「注射一本打たれただけでさー、だせーよな」
「腕と脚はどうした」
「ああそれ、お前んとこ戻ろうと思って自分でちぎった」
 腕と脚を縫いつけていた角都がちょっとオレの顔を見たけど、すぐにまた縫物に戻った。そして目を下に向けたまま片手でオレの頭を撫でて言った。
「…よくがんばったな、飛段」

 でかい男がさらにでかい男に頭を撫でられている図ってのは確かにあんまりぞっとしないが、誰も見てなきゃ構うことはない。オレは頭に神経を集中させ、思いがけない褒美の感触をしっかりと受け取った。
 オレは泣かなかった、けどもうちょっとで泣くところだった。きっとクスリがまだ残っていたに違いない。角都はそれ以上何も言ってこなかったけど、あの時いろいろ訊いてきたならオレも正直に答えてやったのに、な。