ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

市が立つ日(ss)



仕事を終えた二人に依頼主が悪くない滞在費用を渡してきた。いささかくたびれていた角都は高い宿にはしゃぐ相棒をもてあまし、めったにしないことだが、いくばくかの金を渡して街に放すことにした。好きにしてこいと言われ、言われなくっても好きにするさぁ!と上機嫌に出て行った飛段は、さほどしないうちに戻ってきて表の様子を報告し始めた。街の社で市が立っているらしい。飛段が引っかけている宿の浴衣から嗅ぎ慣れない食べ物や香のにおいが漂ってくる。話し終えて再び出て行った飛段は、その後もたわいない情報や駄菓子、縁起物などを運んできたが、何度目かに戻った際には小さな竹籠に押し込めた数羽のヒヨコを持ち帰り、ひよひよ鳴く黄色いそれらをぽいぽいと角都の膝元に投げてよこした。こいつらおもしれーんだぜ、オレがいねー間角都が退屈だろうと思ってよ。言い終えてまた出て行こうとする相棒を角都は、おい飛段、と呼びとめる。好きにしろと言ったろう、俺のことなど忘れて遊んでこい、それに渡した金はお前自身のために使って良いのだ。そう続けるはずの言葉を飲み込んだのは、常になく饒舌な自分の口ぶりに不器用な喜びがこもることを恐れたからであった。口をつぐんだ角都は、間を埋めるために、このヒヨコどもをどうにかしろ!と唸り、オイオイせっかく買ってやったのに甲斐がねぇヤローだなとぼやきながら戻ってきた相棒をつかまえると、自分の胡坐の中に無理やり抱え込んだ。頭をつかまれ顔を相棒の肩に押しつけられた飛段は反射的に暴れたが、角都が腕の力を強めると呆れたように笑い出した。くぐもった声に唱和するように走り回るヒヨコがひよひよと鳴く。そばにいてほしいならそう言えよ角都、てめーホントに素直じゃねーのな。くつくつと笑う体の震えを胸に受け止めながら、角都は相好を崩すことをこっそりと自分に許す。ヒヨコの他にそれを見る者はいないのだし、市が立つ日はそうないのだから。