ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

騒ぎの顛末(parallel)



 株の勉強をしろと角都が古いパソコンをくれたので、オレはそれでエロサイトを見ていたのだった。動画に変な声が混じってらと思って音量を落としても唸り声はそのままだったんで、オレは慌てた。この家にいるのはオレと角都だけなんだから唸っているのは奴なんだ。もう真夜中で奴が風呂から出る音も聞こえたから寝てからどうかしたに違いなかった。電話があったらオレは救急車を呼んだだろう。けどこの家には電話がなかったし、オレもケータイを持ってない。とにかく何が起きたのか見なきゃならないから、オレは角都の部屋へ飛んでいった。急いだので廊下の電気はつけなかった。それが悪かったのかもしれない、とは後で考えたことだ。
 引戸を開けて部屋の中に入ったとき、オレは何かにぶちあたって床に転がった。オレがぶつかった何かはオレの上に倒れてきた。角都だ、とすぐにわかった。奴がしゃべったからだ。
「テキシュー!」
 闇の中で奴はオレを押さえつけ、拳を振り回してきた。オレは体を反転しようとしたけどうまくいかず、二発食らった。床に頭が打ちつけられ、暗がりだというのに目の前に火花が散った。昔のことを思い出し、オレの体は勝手に縮こまった。
「敵兵確保!」
 今度は意味がわかった。角都には兵隊ごっこの気があったのかと一瞬アホなことを考えたけど、のしかかる重さにこれはマジでヤバイとオレは悟った。ジジイのくせにこいつは超強い。ついこの間こいつの喧嘩を見たけど容赦なさにオレはびびった。心臓が悪いとか言ってるが角都が本気になったらきっとオレはかなわない。
 角都の片手がオレの顔を押さえ、もう片手が首を探ってきたので、オレは慌てて両腕で喉を庇った。そしてまだ動く片脚をオレと角都の間に曲げ入れて奴の腹を蹴りあげようとした。うまくいかなかったけど顔を押さえていた手が外れたので、オレは腹筋をフル活用して半身を勢いよく起こし、今度は頭突きを試みた。文字通り闇雲だったがこれが当たった。動きを止めた角都の下からオレは大急ぎで這いだし、壁に突進して電気のスイッチを叩いた。
 ガチャガチャやったわりには部屋は荒れてなかった。本が何冊か散らばっていたぐらいだ。床のまん中には寝間着の角都が膝をついていて、オレの頭突きを受けた額を片手で押さえていた。板張りの床に血がけっこう垂れていてどきっとしたけど、どうも角都じゃなくてオレの鼻と頭からの出血みたいだった。だったら大丈夫だ、オレはなかなか死なないから。
「角都よ」
 立ったままそっと呼んでみると、角都は頭を上げてこっちを見た。顔が灰色っぽくて目がくぼんでいて顎が落ちていて死にかけみたいに見えた。でももうグルグル唸ったりはしなかったんで、オレはそばに寄って角都の前にしゃがんだ。
「誰かをやりてえんならオレをやっちゃっても構わないぜ。どうせ生きててもしゃーねーし。けどおめーさ、もしオレのことやっちゃったらさ、誰にも言わねーで庭に埋めて始末しろよな。いろいろめんどくせーのオレ嫌だから」
 貴様が俺に殺せない野郎で良かった、と角都が言って、顔をぐしゃっと歪ませてそれを両手で覆ったので、オレはちょっとおろおろした。きっとオレにぶつけられた額が痛かっただけだろう、奴が泣くわけないんだから。なんだかそんなふうに見えたにしても。

 そう、シカマルには角都の派手な寝惚け騒ぎを話した。シカマルが奴のオヤジに訊いたら、角都は戦争から戻ってすぐに自分の女房を絞め殺したが心神喪失で無罪になったんだと教えてくれた。もう何十年も昔のことらしい。今さら(ホントに今さらだ)シカマルは青い顔をして、おい飛段大丈夫か、借金なんかどうでもいいから辞めていいぜと言ってきた。バーカ辞める気ならこんなに悩まねえっつーの。
 あの夜、角都が自分でベッドに戻った後、オレはスウェットの上を脱いで床を拭き、風呂で自分とスウェットを洗った後、毛布を持ってきて奴の部屋の前の居間でごろ寝した。なんですぐに自分のところに逃げてこなかった、とシカマルに叱られたけど、理由をうまく説明できなかった。オレはバカだから思っていることをうまく言葉にできない。とにかく、あのときのオレは、オレが角都を見捨てたと角都に誤解されることを何よりも恐れたのだ。



※お題「お涙ちょうだい」