ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

息子(parallel)



 同居人の義務として飛段がいやいや庭先の掃き掃除をしていると、来客があった。足音に頭を上げた飛段が打ち水の手を止めて家主の外出を告げると、客は蠅を追うように手を振り、あー気にしないで今奈良さんのところでオヤジには会ってきたから、と言った。君が飛段君かー、あのオヤジが手元に置くんだからどんなツワモノだろうと思ったんだけど、考えていたのと違うタイプだなあ。一見無造作なふうにセットされたぼさぼさの髪とヘラヘラしている細面を飛段は眺め、できる限り感じ悪く、誰だぁテメー、と凄んで見せたが、相手は、うっわ今どきメンチ切る人って珍しいよねー、とはしゃぐだけだった。オヤジってさっき言ったでしょ、おれ角都の息子よ、本当に知らない?けっこう有名なんだけど、ハタケカカシって国会議員知らないの、本当に?飛段は地面にバケツを置き、腕組みをして、Tシャツにジャケット、綿パンというくだけた格好の政治家を睨んだ。確かにテレビで見た顔だが角都にまったく似ていない。それを指摘すると、だっておれ養子だもーん、とカカシが笑う。おれまだ三十代よ、あの爺さんの子どもにしちゃ若すぎるでしょ、オヤジはおれを後継ぎにしようと思って養子にしたみたいだけど財産管理なんかまっぴらだったし、そしたら今のオヤジから角都に話が行って今度はそっちの養子になったわけ、ま、おれ優秀だったからねえ。飛段は水を打ったばかりの地面に唾を吐き、ペラペラよく喋るヤローだな、と言ってバケツを持ち直した。用があんなら上がって角都を待てよ、無いんなら帰んな、テメーと話してる暇はねーぜ。飛段としては暗に喧嘩を売ったのだがカカシは平気な顔をしている。飛段君オヤジの秘書してるんだってね、君ぐらいきれいな子ならもっといろんなことができるだろうにもの好きだなあ、なんならおれの秘書に鞍替えしない?君ちょっとおもしろいし、おれ部下は大事にするよ、あんなズレたおいぼれと一緒にいるよりよっぽどいいと思うけど。カカシがまだ喋っている最中に飛段はバケツをカカシの靴の上で傾け、残りの水を真下に落とす。お、わりい手元が狂っちまったぜ、と告げる飛段の前で、しかしカカシの笑顔は鉄壁だ。あー間違いは誰にでもあるからね。濡れそぼった足を振り、水滴を飛ばすと、ぶらさげていた紙袋を差し出してくる。どーもおれ歓迎されてないみたいだし帰るわ、これオヤジの好物、渡しといて、じゃ。
 夕方になって帰宅した角都は、暗いままの居間で転がる飛段と、座卓の上に置かれた紙袋を見て眉をひそめた。電気をつけて紙袋の中をのぞき、ますます渋面を作る角都を畳の上から飛段は見上げる。テメーの息子が置いてったぜ、それテメーの好物だからってよ、まったくジジイは好みまでジジイくせーな。それきりむっつりと黙りこむ飛段の前で角都は包みを開き、現れた和菓子を見て深く息をつく。機嫌を損ねている飛段と目の前の栗羊羹。元息子がもたらした災厄を、これから角都は片づけなければならない。



※お題「栗」