ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

くそ(ss)



俺はマスクの下で歯を食いしばった。血の気がざっと下がり、冷たい汗が頭皮から噴き出してくる。数秒間の高波をどうにか耐えしのんだ俺は静かに息を吐き、自分の足取りの乱れが相棒にばれていないことを確かめる。今のは危なかった。何とか乗り切れたが次はもっと強いものがくるだろう、そうなる前に手を打たなければならない。隠しから地図を取り出すと、俺はもっともらしく、けれども早口で相棒に告げる。少しここで待て、地形を確かめてくる。ええーまたかよーとぼやく相棒を道に残して藪に入っていった俺は、充分な距離を稼いでから急ぎコートをまくりあげてズボンをおろし、地にしゃがんだ。用を足しつつキリキリと痛む腹を両手で揉む。腹くだしに効くツボはへその上か、それとも下だったろうか。短時間で片をつけようといきばる俺の背後から相棒の声が聞こえてくる。オイオイここずーっと一本道だぜ、地図なんていらねえだろー。聞けば聞くほど能天気な声だ。腹を壊すとすぐに「うおっ下痢っ!」などと騒ぐあいつに俺の苦しみはわかるまい。無視して排泄に集中する俺の耳に、今度はがさりがさりという足音が届く。まさか。こら飛段、道で待てと言っただろう、言われたとおりにしろ。なんだそこかァと暢気な声の方向が修正され、俺は舌を噛み切りたくなる。いいかげん待ちくたびれたっつーの、そんなとこでなにやってんだァ角都、あ、もしかしてションベンだろ。違う!ごまかすなってェ、一人でションベンなんて寂しいことすんなよ、付き合ってやるからよォ。声とともに落ち葉を踏む足音も確実に近づいてくる。しかたなく俺は辛い体で分身を作り、飛段へ向けて送り出した。奴を道に連れ戻せ、と命じたはずの分身は、しかしなぜか更に藪の奥へ飛段を誘導している。聞き取れない俺自身の声、それに応える呆れたような飛段の笑い声。なんだよテメーもよおしたのかよ、しょーがねーなァ。催すって何を、と考えて思い当たり、一瞬立ちあがりかけた俺は腸の痛みに屁っぴり腰のまま硬直する。あの分身野郎いったい何をやっているんだ、本当に小便をしてるのでは?すがりつこうとしたその考えは、いかにも頭の悪そうな相棒の笑い声が突然途切れたことで否定を余儀なくされる。俺はかつてないほどの気力を振り絞り、ズボンを引き上げる。多分次のピークまで四、五分。カウントダウンを始めながら俺は落ち葉の中を疾走する。あと二百五十秒間で奴らに追いつき分身を殴って消しインチキくさい理由をでっち上げて相棒を道に追いやりまたしゃがまねばならない。



※さくま様からのリク「もよおしたのならしかたない」