ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

反省する者、見直す者(TEXT)

こあん様からのリク「おまかせ」による話です。色気も萌えもない話ですみません。こあん様、すてきなリクをありがとうございました。



 もうこと切れたと思ったのだろう、岩に叩きつけられて体の中身をはみ出させている相手の間合いに入った角都は、その口から噴き出された霧をもろにかぶった。ありゃりゃ、と見ている飛段の前で角都は相手にとどめを刺した。容赦ない殺しぶりも死体の持ち物のあさり方もいつも通りだったので、さっきの霧のことを飛段が忘れ始めていたとき、角都は地面に片膝をついたまま目を手で覆い、相棒を呼んだ。
「おい飛段、お前、目は普通に見えているか」
「ハァ?何言ってんだオメー?」
「そうか」
 何が何だかわからない相棒を放っておいて角都は勝手に一人で納得し、かぶりものを取って水遁で目を洗いだした。時間をかけて洗った後、焦点の合ってない目を相棒に向けてフンと言い、地面に落とした頭巾やマスクを手探りで拾って身につける。
「目ェどうかしたのかよ」
「瞳孔が閉じたんだろう、暗くて見えん」
「ダッセーなァ、これからどうする」
「次の里で薬を買う。お前、案内しろ」
 これが地図だ、と渡された紙を飛段は眺めた。
「道が出てねえ」
「馬鹿め、地形を読むのだ、等高線があるだろう」
 広げるとけっこうな大きさになる地図は指紋のような線だらけで、飛段には上下もどこが現在地なのかもわからない。しぶしぶそれを白状すると、角都は特に驚いた様子もなく、では行先はお前に任せる、と、とんでもないことを言いだした。
「どうせ急ぐ道でもなし、お前が判断して進め。とにかくここからは離れなければならん、あれの援軍が来たりすると厄介だ」
 今さらながら飛段は岩にぺちゃっと貼りついている死体を恨めしく眺めた。あいつが勝手に襲ってきたんじゃねーか、と思ってみてもしょうがない。現役の忍をやると確かによく援軍が来る。二人が好調なら贄が増えるだけだが、今は面倒なことはできるだけ避けたい。下手をすると角都は死ぬからだ。
 考えた末に飛段は谷へ向かうことにした。大抵谷からは川が流れているし、川沿いには人が住む。けれども足場の悪い斜面をようよう降りたところに沢はなく、草木もろくに生えていなかった。飛段の決断は間違っていたわけである。よくも揃ったもので日まで暮れてくる。一気に暗くなってきた岩場を角都の手を引いて歩きながら、飛段は情けなくなってきた。絶対に離せない角都の手があるだけで、あとは何もかもが不確かで寒々しい。その角都もときどき躓いている。見えていない分消耗しているだろうに、文句も言わずに飛段についてくる。
 元は落石だったのか、地面にめり込んだ大岩のそばで飛段は野営することにした。野営と言っても燃やす薪もなく食べられる獲物もない。角都を岩陰に座らせて、飛段は隠しに入れていた古い兵糧丸を取りだす。道に迷ってしまったこと、野営地の居心地が悪いこと、ろくな食べ物がないこと、これら全部謝ってもどうにもならないので飛段は黙っている。角都ならもっとうまくやれるだろうが、自分にはこれが精いっぱいだ。兵糧丸を手渡された角都は少し驚いたような顔をして手のひらのそれを握った。
「何だ、これは」
「兵糧丸だよ、他に何もねえからそれで我慢しろ、古いやつだけどな」
 干からびた兵糧丸を相棒とぽつぽつ食べながら、こんなもの久しく食べたことがなかったな、と飛段は考える。日ごろ食料は角都が調達しており、飛段はひとりでに現れる食べ物を当然のように食していた。まあたまには兵糧丸も食べないとな、古くなっちまうから、と飛段は自分を慰める。
 食べ終わると特にすることがない。こんなときは大概飛段から角都にちょっかいを出し、なんだかんだとやりあっているうちに寝ることになったり別のことを始めたりするのだが、今日の飛段はそんな気になれない。
 互いに無言のまま、まず角都が横たわると、飛段も寒くて暗くて体に尖った岩が食いこむ岩場で相棒の隣に寝そべった。月明かりの下で角都は特に苦しげにも見えず、静かに目を閉じているが、治療が行われていないこの時間も目を損なった毒素は神経を破壊し続けているのかもしれないと考えた飛段は焦って悲しくなり、片肘をついて相棒の寝顔を覗きこんだ。いやいや全然痛そうじゃねーし、眉間のしわはいつものことだし。自分に言い聞かせながらしばらくそうしていると、眠ったと思われた角都が息をついて低く言った。
「火がないと寒くて寝られんぞ。飛段、お前もっとこっちへ来い」
 ごそごそと身を寄せる相棒に角都は不機嫌な口調で注文を続ける。そんな寄り方では足りない、寒いのは腹だ、俺の上に乗れ、俺の脚の間にお前の脚を割り込ませろ、もっと顔を寄せろ、まったくお前に任せていては埒が明かないな、こうするのだ、そうだ、それでいい。
「目ェ、痛くねぇか」
「俺自身の不注意から出たことだ、お前が心配することじゃない」
「オメーの目がもしダメになったらさ、オレのをやるよ、一個ずつ交換しようぜ」
「お前の目などいらん、盲いても俺はお前などよりよほど強い」
 下らんことを考える暇があるならさっさと寝ろと続けた角都はまぶたを指でなぞられて口をつぐみ、飛段の次の動きを待ち受けた。今日の自分の不手際は忍にあるまじきものだった。散瞳薬が入手できるまでの不自由はまったくの自業自得である。対して兵糧丸を携帯していた相棒は思っていたよりも思慮深いのかもしれない。今夜はコイツの好きにさせてみようと角都は考える。幸い殺された奴は援軍を呼ばなかったようだ。万一来ても、彼らが探すのは休息を取る忍で、火のない暗がりでつるむ動物のことなど気にしないだろう。