ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

すなお(ss)



H:
宿のテレビに向き合って角都が株価の速報を見ている。絵も音楽も色っぽい女も出てくることなく数字ばかりが画面に流れる。飛段にすればこんな退屈な番組はない。テレビと角都の間を行き来したり大きな音で放屁をしてみたりしたが相棒は突っ込んでもくれずにテレビに集中している。ふてくされた飛段は炬燵に戻り、天板に頬杖をついてやや猫背ぎみの相棒を眺めた。なあ角都、それっておもしれーの。あぁ。おざなりな返答だが、そもそも反応を期待していなかった飛段はそれに食いつくことにする。おい、今日はさみーよなあ。あぁ。腹減らねえか。あぁ。後で肉食いに行こうぜ肉。あぁ。酒も飲みてえな、いいだろ角都。あぁ。あてにならない口約束をもてあそんでいた飛段は、軽い気持ちで問いを追加する。なあお前オレのことけっこう好きだろ。あぁ。気のない答えに、しかし飛段はうっかり幸福を噛みしめてしまい、緩んだ顔でデレデレと相棒の猫背を眺める。角都はじっとテレビ画面を見ている。実際にはモニターに映りこんだ自分の背後の男を見ているのだが、それがばれることはない。マスクの下の口元が緩み切っていることも。


K:
天板の上の頬杖が何度も滑る。諦めて横になってしまえば良いのに、飛段は自分が寝入りつつあることを認めようとせず、そのたびに危なっかしく姿勢を立てなおす。寝入りばなの相棒の無防備さを偏愛する角都は自分でも感心しないほどの情熱をもってそろそろと飛段のそばに寄り、不安定に揺れる体を右腕で囲うと重くあおのく頭を肩で受け止める。飛段、聞こえるか。寒くはないか。俺が誰かわかるか。ほとんど音にならない息だけの声に、飛段は半分眠ったまま、うん、うん、と答える。肯定的な返答が続いた後に、角都は問いを少し変化させる。お前、儀式が好きだな。儀式は気持ちいいのか。気持ちいいから儀式が好きなのか。気持ちいいことなら何でも好きなのか。作為ある質問に、ん、ん、とそれでも律儀に声を返す相棒の唇を角都はぺろぺろと舐める。やがて相棒が返答しなくなっても舐め続け、肉のかわりに引き出した舌をそっと噛み、酒の代用として唾液をすする。食事を提案した飛段は眠ってしまったが、あいにく角都は空腹だったし、目の前に好物がある状態で我慢をする気などさらさらなかったのだ。