ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

バカばかり(ss)

こあん様からのリク「わさび」による小話です。飛段誕にちなんで。こあん様、楽しいリクをありがとうございました^^



今日この町に着いたとき、角都は迷いなく宿を決めた。質のいい温泉を引いたこぎれいな宿だ。オレは単純に喜んだが、帳場で女文字の手紙を受け取る角都を見てちょっとモヤモヤした。その手紙の差出人は角都がここに宿をとるのを知っていたことになる。なんだそりゃって気にもなるだろう。モヤモヤが高じてうろうろするオレを角都が食事に連れ出す。なんと寿司屋だ。好きなものを頼め、とそっけなく言った角都が立て続けに鯛やらサヨリやらと注文するので、オレも慌てていろいろ頼む。酒も勝手に出てくる。出されるものはみなうまく、酔いも手伝って初めの不安をオレが忘れ始めたころ、角都がふと席を立った。便所だろうとは思いつつオレは後をつける。はたして角都はカウンターからは見えない奥座敷に入っていき、そこにいた女と話し始める。きっと手紙の相手なのだろう、親しげな挨拶、少ない言葉で交わされる会話。オレに隠れての角都の逢瀬だ。急にせりあがる緊張と後ろめたさを抱えて壁に沿うオレの耳に、女の低い声が聞こえてくる。ずいぶん周到なわりには地味なこと、もっとあけすけに祝ってあげればいいのに。あれはああ見えて難しい奴でな、と角都が答える。とかく金を嫌うし欲がない、見えない贅沢をさせるしかないのだ。あらまあそんなにその子がだいじなの。何とでも言え、ともあれ宿の手配は感謝する、この店も悪くない、あとはそうだな、肉料理を持ち帰れる店を知らないか、あれはスペアリブが好きでな。オレはそっと通路を引き返し、カウンターに戻って新しい寿司を注文する。じきに角都も戻ってきて、いつもの無愛想な口調で酒を追加し、オレの前にある寿司を見てフンと鼻を鳴らす。青柳か、それの別名はバカ貝というのだ、貴様にぴったりだな。うるせぇ、とオレは言い返しながら寿司を口に放り込み、ツンとくる目頭をつまむ。もちろんワサビのせいだ、そうに決まっているだろ。