ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

底まで落ちれば上がるだけ(ss)

3/28に「もとを取る」の続きをリクエストしてくださった方へ。あんな昔のもの(ファイル番号が246でした)まで読んで下さってありがとうございます^^温い話ですが続きを書きましたので、読んでいただければ嬉しいです。
※第三者視点です。




なじみのピンク映画館で、おれは腹の虫をなだめながら仮眠しようと努めていた。知っている求人窓口を回ったが取り合ってもらえず、今日も仕事にあぶれてしまった。確かに、もしおれが雇用者だったらおれみたいな奴を雇いたくはない。だが公園の水道で体を洗う季節でもないし、身ぎれいにするには金がいる。しかるべきところに助けを求めに行けば清潔ぐらいはどうにかなるのかもしれないが、それも面倒くさい。おれにはやる気が欠けていた。求人窓口の奴らにもそれが見えたのだろう。映画館の淀むような暗がりで今日の食いものをどうするかおれが考えていたとき、前方の端の席にいた男が席を立ち、ごそごそと背後の出口に向かった。少し遅れてそいつの連れらしい男が続いた。揃いの服を着ていたそいつらは扉のそばでいざこざを起こしているようだった。金を払って入った場所で喧嘩をするとは暇な奴らだ。見飽きた映画からそっちに目を移したおれは、その奇妙な喧嘩のようすに思わず見入る。普通、喧嘩はやかましいものなのだ。ところがその二人はほとんど音らしい音をたてず、互いに相手を蹴ったり殴ったりもせず、ただ揉み合っている。と、片方の男の服がはだけて胴体がむき出しになった。口を覆われてもがくその姿が見えたのはほんの一瞬で、光景はすぐにもう一人の男の黒い背に隠される。ヤクザの殺し合いか、とおれは今さらぞっとしながらも怖いもの見たさで蠢く闇を注視してしまう。劣勢の男はしばらく抗っているようだったが、何をされたのかそのうちにくぐもった声を出し始めた。映画の女優の声よりよほど切なげで生々しく、喧嘩だと知らなければ妙な誤解をしてしまいそうな声だ。しばらく後、押し込められた呻きを漏らして静かになった男に、もう一人の男が低い声で呟く。指一本でこのザマとは情けない野郎だな、貴様などいつでも殺せるのだ、わかったか。おれはそちらに頭を向けたままの姿勢で凍りつく。まるでその台詞がおれに向けられたような気がしたのである。勝者が敗者を腕にぶら下げるようにして出ていき、ようやく体が動くようになったおれは、トイレに駆け込む間もなくそのまま足の間に嘔吐した。空腹の胃から飛び出してくる吐物が床に当たる音が、ポジティブ、と聞こえて、その場違いさに震えながら失笑する。そうだ、底まで落ちれば後は上がるしかない。コンビニの廃棄弁当を手に入れたらガラスの破片で髭を剃り、また求人窓口を回ってみよう。こんなことで生きている喜びを実感するとは人生はわからないものだ。