ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

青年、がんばる(TEXT)

ヴェスタ様からのリク「つがいへの罠」による話です。昔のTEXT「お一人様一泊一万両也」からそこはかとなく続いております。罠、という感じじゃなくなっちゃってすみませんヴェスタ様m(__)m。とりあえず追い出しております(笑)。
※第三者視点です。




 ええ就活は厳しかったですよ、でもどこかに勤めなければ換金所を継ぐはめになるんですからね。ラブホでフロア係をしているというとやけに気の毒がる人といやに羨む人がいますが、なんてことのない普通の仕事です。営繕やアメニティの補充、といっても所詮は安宿ですから電球取り換えたり避妊具をそろえたり、あとは雨漏り補修とかドアの修理とか、要するに物品相手の仕事ですよ。客同士の喧嘩があったり、時には困ることもありますけど、でも換金所で死体が来るのを待っているよりよほど気楽です。いや死体はいいんです、文句も言わないしじっとしてるし、あれがこないとこちらにも収入がありませんしね。問題は死体を持ち込む人たちなんです。古い相場の載ったビンゴブックを振り回してごねたり、遺伝子鑑定しないと正体がわからないぐらい腐乱したやつを平気で持ってくる人もいますからね。
 思い出したら憂鬱になってきたなあ。ひどい仕事ですよあれ。防腐剤の匂いが手に染みついて取れなくてねえ。ああ、ありがとうございます、あなたも何か飲まなくていいんですか。まあ酒がうまくなるような話じゃないですけどね。しかしあなたも変わってますよね、確か前もあの人たちのことを僕に聞いたことがあったでしょ、そんなにあの二人に興味があるんですか。酒を奢ってまで聞きたいなんて本当にもの好きですよあなた。

 あの二人がまた町に来たことを親父から聞いてはいました。また高額換金かと親父は焦っていたようですけど外れましたね。ちょうどあのころ名の売れた賞金稼ぎが大した賞金首を狩ってウチにくるって噂があったんですが、思うに彼らはそれを横取るつもりだったんじゃないかと思いますよ。その賞金稼ぎにも当然賞金がかかってましたし、一石二鳥というやつで。
 逗留していたのは二週間です。あなたも話ぐらいはお聞きになったんじゃないですか。こんな町ですから得体の知れない者も大勢いますが、中でもあの二人は目立ってましたから。二人のうち若いほうはいかにも柄が悪くて他人にもよく絡んでましたが、もう片方の静かな人のほうが僕はどうも恐ろしかったです。見た目が異様な人なんて珍しくありませんけど、あの人はそうじゃなくて雰囲気が異様なんですよ。うっかりすれ違っただけで前触れなく殺されそうな、全身が危険物って感じですかね。
 あの二人が僕の職場のホテルに泊まり始めたときに嫌な予感はしたんです。案の定他のお客さんたちからいろいろ苦情が出てきましたが僕は知らんぷりを貫くつもりでした。前にね、あの人らに関わったときにいい思い出が全然なかったんですよ。中から変な声が聞こえるとかドアの下から血が流れ出してるとか言われるたび僕はハイハイと言って廊下を雑巾で拭いたりしてました。連泊する人は少ないから、それでなんとかしのげると思ったんですが。
 え、中で何をしていたかなんて知りませんし知りたくもないですよそんなの。設備を汚されるのは困りましたけど、設備より命の方がもっとだいじじゃないですか。

 あの二人が来て一週間目でしたかね、廊下に生首が転がってるってフロントに駆け込んできたお客さんがいましてね、急いで飛んでいきましたが首はありませんでした。お客さんの気のせいですよ疲れてるんじゃないですかってなだめましたけど、血だまりがあったから首じゃなくても何かあるのはあったんでしょう。そのお客さんは気持ち悪がって宿泊をキャンセルしましたが、廊下で「生首だー生首だー」って騒がれれば噂にもなるでしょう。次の日からぱたっとお客さんの出入りが止まってしまいました。ええ、一人も来ないんですよ。ホテル中シーンとしちゃってそれこそ何か出そうな感じで。
 あー駆けつけたときですか、首を見つけたら始末するつもりでした。好きなわけじゃないですけど、死体は、さっきも言いましたけど生きた人間よりは扱いやすいものなんですよ。しずーかにしてますしね。警察なんて呼んだらあんなホテル一発でつぶされますからね。
 だから僕がこっそり始末しちゃおうと思ったんですが、今思えばあれが良くなかったんでしょう。次の日社長が僕の部屋まで来ましてね、変にうやうやしく、お前は大した男だ、と持ち上げるんです。あの客に出て行ってもらわないとここはダメになる、お前を男と見込んで頼む、あの客をどうか追い出してくれ、って。ええーって思いましたよ、あの人らに会うだけだってとんでもないってのに追い出してほしいなんて、ねえ、僕にゃ絶対に無理ですもん。
 もう潮時なのかな、ホテル辞めなきゃなんないのかなって思ったんですが、そしたらまた換金所に逆戻りじゃないですか次のところ見つけるまで。なので、まあやるだけやろうかなって。あー、わかってるんです僕は貧乏くじを引くタイプなんです、わかってるんだけどなあ…。

 最初に話をしたとき、部屋の中にはむんむんと匂いがこもっていて僕はちょっとむせました。ちゃんと内線で時間を指定してもらってから行ったんですよ、なのに多分直前まで、うん、していたんでしょうね、ホテルの備品と設備を使って。
 それでもあの大柄なほうのお客さんはコートを着て目だけ出してベッドに座ってました。あの人がどんな見かけなのかお話しましたっけ。そう、覆面してて目が緑で。コートが黒くて赤い模様がついてるし、白いフードはかぶってるし、なんだか大きな置きものみたいに見えましたよ、カラフルで。いえ、それは後で考えたことで、その時はどうやって話をするかでいっぱいいっぱいでしたけどね。
 意外なことに、あの人は案外ちゃんと話を聞いてくれました。以前会ったときの印象で小細工がきかない人だとわかっていましたから、僕はできるだけ率直に話したんです。ここは安普請でお客さんが好きなことをするには壁も床も薄いし、廊下も共用で他のお客さんと接触することもあるから、他のもっと上等の宿の方があなたたちにふさわしいんじゃないかって。僕が話し終わると、あの人はこう言いました。俺たちはここが気に入っている、安くて便もいい、だがお前たちは俺たちに出て行ってほしいと言う、ならば方法は一つだ、いくら出す。
 この質問が出ることは予想してましたから、僕は社長と打ち合わせた額を言いました。まあ宿代と同額、お泊りのお代はいりませんということです。きっと商談が好きなんでしょう、あの人はちょっと面白がっているような目をして言いました。ここを出て他に泊まると余分に金かかかる、その損失の穴埋めがなければ出て行くことはできん、ところでそろそろ外してもらえるか、俺もこう見えて忙しいのでな。
 あの人の片手が毛布の中にもぐって動いているのは見えていたんですが、僕は自分のことでいっぱいで相手が何をしているのかわからなかったんです。言われて初めて気がついたんですが、毛布の下にもう一人のお客さんがいたんですよ。足の裏がちょっと見えたから間違いないです。僕、ものすごく驚いちゃって、だって人がいれば息の音ぐらいするでしょ、なのに何の気配もなかったんですからね。忍者ってああいうものなんですかねえ。実はあの人あのとき死んでいたんだって言われたほうが僕は納得いきますよ、変な話なのはわかってますけど…。

 ただでさえ客が来なくなっちゃったホテルから余分なお金を出せるわけもなくて僕は往生しました。相手は金儲けのプロですから言いなりになったらいくらでも搾り取られてしまいます。けど出て行ってもらえなかったら他のお客さんには来てもらえないし、そしたらホテルもつぶれてしまいますよね。
 僕は親父に頼んであの二人の情報をもらいました。親父にはできるだけ頼りたくなかったんですけど、そんな贅沢を言ってられなくなっちゃったもんですから。あの二人は謎だらけで親父もろくなことを知らなかったんですけど、年齢がわかったんですよあの人らの。信じられますか、あの覆面の人は九十を超えているんだそうですよ。で、もう一人の若い人、あの人が二十ちょっとなんだそうです。へーっ、て感じでしょ。前回交渉したときにあの二人がそういう仲なんだって、しかもかなり熱々らしいってことまでわかりましたから、僕もやり方を変えることにして、で、それがうまくいったと、まあそういうわけです。
 いや、もったいつけてるわけじゃないですけど、あんまり褒められたやり方じゃなかったんで。いやいやいや、そんな高い酒を頼んでくれなくても話しますよ、やだなあ、なんだかたかったみたいで。うん、やっぱり高い酒ってうまいですね、はは。

 本当に大した話じゃないんですよ。親父がくれた情報に、あの若い人の好物がスペアリブだってあったもんですから、僕はそれを持って行ったんです。いいえ覆面の人が外出しているときですよもちろん。僕は命が惜しいんだって何度も言ってるじゃないですか。
 あの人は大喜びで僕を迎え入れました。警戒心も何もあったもんじゃないです。七匹のこやぎだったら真っ先に食われるタイプですね。いや食いたいと思ったわけじゃ、そんなことひと言も言ってないでしょう僕。
 正確には交渉すらしてないんです。僕は肉を食べているあの人の前で独り言を言っていただけなんです。いい天気ですねえとか、最近景気か悪くてねえとか。あの人フーンフーンって相槌は打ってましたけどほとんど聞いてなかったと思います。けど、僕が、ここは地相が悪いのか泊まり客がけっこう死ぬんですよ年寄りばっかりですけど、って言ったときには相槌が止まりました。正直、かかった、と思いましたよ。
 地相ってナニ、と訊かれたので僕は説明しました。嘘はついてないです。ここは丑寅の方角で不吉な場所なんです年寄りにはそういうのが堪えるんでしょうねあなたたちには関係ないでしょうが、って言っただけです。だってどの土地だってその南西から見たら東北に位置してるでしょう、嘘じゃないんですよ。あと、先日うちのホテルの前で死んでた賞金稼ぎの話もしてやりました。頑健な七十男が突然死んだんですよって。ご承知のとおりあの賞金稼ぎは誰かに殺されたんですけど、突然死んだことに違いはないですから。
 たたみかける僕の話を、あの人は油だらけの指をゆっくりと舐めながら、放心したような顔で聞いていました。何か考えていたんでしょうけど何も考えていないようにも見えました。これがなんというか、妙に淫靡でねえ。ベッドの上で半裸で股を開いて座ってるだけで男があんなに淫猥な感じになるもんですかね。僕、彼女だっているんですけど、一瞬この人に誘われてるのかなってフラフラしましたもん。これは彼女には絶対秘密ですけどね。

 まあ、もしかしたらもっと安い宿を見つけただけかもしれないですが、あの人たちはその夜ホテルをチェックアウトされました。覆面の人が、あのときのお前の提案を飲んでやることにした、と恩着せがましく言ってきたのがちょっとアレでしたが、でも出て行ってくれるんなら否やはないですから、ありがとうございましたー、って大声で送り出しましたよ、僕も社長も。
 きっともうこのホテルにあの人たちは来ないんじゃないでしょうか。僕も安らかにお勤めができるってもんです。え、他の仕事ですか。条件が良ければ転職を考えないこともないですが。いえ給料とか福利厚生とかはそこそこでいいんですけど、うっかりまたあの人たちに遭遇する可能性がある仕事だったら絶対に御免です。ここが倒産したら?そのときはそのときでしょう。どっちにしても今ある幸せに僕たちもっと感謝して、用心深く生きるべきですよ。忘れちゃいけません、南西から見たら世の中どこだって鬼門なんですから。