ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

午後八時、無風(ss)



その日は昼間からひどく蒸し暑かったが、夜に向かうにつれ湿度はますます高まり、しまいには水のようになった夜気の中を角都と飛段は歩いていた。白い雲にふたをされた空は暮れてもなお明るく、遠い山の薄暗い稜線や空からの微光を反射する湿地のおもて、木炭で塗りつぶされたような木々などすべてを黒の濃淡によって見てとることができるのだった。水が濃く匂い立ち、沢の音が響いている。続いた雨で増水しているのだろう。角都の歩調がいつもよりも遅いように飛段には感じられた。前を行く相棒の頭巾は夜目にも白いが、背中は穴倉のように暗い。ビロードのようなその闇を見つめて歩くうちに距離をつめた飛段は、不意に立ち止まった相棒の背にぶつかってしまう。見てみろ、と低い声が言う。バカ、俺の顔を見てどうする、あそこだ。闇の腕に押されて飛段が向いた先に、森の中の民家の灯りのようなまたたきが点滅する。見るうちに光は増えていき、やがて角都と飛段の周りにも火をまとう虫がぽつりぽつりと飛び交い始める。自分の背に当てられた手が嬉しい飛段は、自分も相棒の背に腕を回す。そうして二人は蛍を見た。二人して蛍を見ていた。