ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

水商売(ss)

※第三者視点です。



初詣の参拝客で賑わう社の境内で、おれは瓶に詰めた水を商っていた。「ほれ薬」と書かれた旗の下、ときおり少女たちのグループが笑いさざめきながら水を買っていく。だみ声でおれは売り文句をうなる。文句は唱えられすぎて抑揚と化し、やっこうあらたかだよねらったあいてにどんぴしゃりだよ、と口から際限なく飛び出してくる。と、つい先ほど水を買っていったばかりの若い男が足音を立てて駆け戻ってきた。こいつの瑞雲柄の黒コートが印象的だったのでよく覚えている。男は売り台に手をつくと身を乗り出し、ひそひそ声でおれに尋ねてくる。なあ、さっきこの水こっそり相手に飲ませたんだけどなんも変わんねーんだわ、飲ませりゃいいんだよな、それともなんか他のやり方があんのか?こういう阿呆な客が訪れたときの常で、おれは真剣な顔を作って相手の話を聞き、もっともらしく頷いてみせる。あーお客さん、あんたもしかしたら無駄遣いをしちまったかもしれねえな、おれの薬は片恋の相手にしか効かねえんだ、もしそのお相手がもうあんたにほれてるんだとしたら水飲んでも効き目はねえ、だからなんも起きないってことはもしかしたら、なあ。コートの男は神妙な面持ちでそれを聞いていたが、内容を飲み込むと頬を染めてデレリと笑い、そっかーじゃあしゃーねーなァ、金無駄になっちまったけどしょーがねーよなァ、と言って跳ねるような足取りで立ち去って行った。おれは頭を上げて男の行き先を見る。ほんの数十メートル離れたところのベンチにやはり黒コートに白頭巾の男が座っている。手に持っているのは神社の裏の水道から汲んできたおれの水だ。その白頭巾が「ほれ薬」の旗の下から駆け戻った男に件の瓶を渡し、男が一口飲んだそれをまた白頭巾に返す。頬を染めたまま。阿呆なツレの行動など白頭巾は見通しているのだろう。なるほど、とおれは合点する。こちらの見立ては偶然にもどんぴしゃりと当たっていたわけである。