ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

しおたれた夜(ss)



移動路が湯の国近くを通るから少し寄って行ったらどうだと飛段に勧めたのは俺だ。奴はまっぴらだと言ったが若造特有の怠惰からくるものだったのだろう、実際に国境まで到達したときに再び促すと、そんじゃちょっと寄ってみっか、と軽やかに翻意し、あっさりと町へ入って行った。それからはとんとん拍子だ。すぐさま悪い友人と顔を合わせた飛段は楽しげに談笑して約束を取り付け、手頃な宿に俺を残してすぐに姿を消す。一人の時間を手に入れた俺は日の高いうちから落ち着いて帳簿を整理し、先の道程を確認する。明日昼ごろに発てば充分だろう、ということは今夜は好き勝手に過ごせるのだ。俺は宿の温泉に入ったが、心ひそかに期待していたそれはどこか気が抜けていて味気ない。暗くなった街を歩き、名物だという川魚の刺身を食べたり酒を飲んだりしても、誰かにすっぽかされたような空虚感がつきまとう。慰めを買いに行こうかとも思ったが、そのような場で相棒やその友人たちと顔を合わせる可能性を考えると白けが先に立つ。時間を持て余すうちについつい深酒した俺はあろうことか路上で嘔吐してしまい、ほうほうの体で宿に引き上げる。にこやかな女将に手渡される部屋の鍵。どうやら相棒はまだ戻っていないらしい。俺はふらつきながら長い廊下を歩く。ひどく酔ってしまったせいで考えがまとまらない。俺がこんな状態なのに相棒はどこにいるのだろう、そうだここは奴の故郷であり奴は誰か俺の知らない奴と出かけているのだった、だがもう遅いし戻っていても良い頃じゃないか、奴は俺の、俺だけの相棒なのだから、なぜ俺は奴が部屋にいないと思ったのだろう、もしかしたら、もしかしたらいるかもしれないだろうが。何度も場所を間違え、やっとたどりついた部屋に入った俺は、金臭くなった手に鍵を握ったまま相棒を呼んでみる。暗いがらんどうの部屋にしおたれた俺の声が不恰好にころがり、最初から無かったように、すぐに消えていく。