ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

読み聞かせ(ss)



飛段が古本を買った。表紙のどぎつい絵に惹かれたのだろう。原始のジャングルらしき場所で化粧の濃い半裸の女が好色そうな猿人に襲撃されている。内容はどうあれ読書の習慣は好ましいことだと角都は考えたが、肝心の飛段は数ページめくっただけで本を諦めてしまったようだった。字がちーせぇし漢字ばっかりだし、と飛段は角都に言い訳をしたが、古本といえども金のかかった品物だ、角都の方は諦められない。かくして夜になって暇な時間が生まれると、角都は飛段に件の本を読んで聞かせるようになった。飛段は思いのほか大人しくそれを聞いていたが、相変わらず自分で読もうとはせず、やはりこいつに本は無理か、と角都が考え始めたころ、その角都自身が流感で臥せった。安宿に数日間逗留している間、飛段は寝たり起きたり遊びに行ったりと好き勝手にフラフラしていたが、夜になるとちゃんと宿に戻り、どぎつい表紙をめくって今度は自分で続きを角都に読み聞かせるのだった。発射台を発射ムロ、水力工学を水かえ学と読み違えたりするたどたどしい朗読を角都はひそかに楽しみ、続きを心待ちにしていたのだが、ある夜、角都の額に手をおいた飛段に、もう熱下がってんじゃねーの、と言われて布団の中へ入り込まれたことで、再び読み手の役割が回ってきたことを悟った。やや仮病気味だった角都は観念して相棒を受け入れ、片腕を伸ばして枕元の古本を取る。今日の分を読み終えて相棒とその内容をけなし合い、少しばかりイチャつきながら角都はふと考える。長く本に親しんできたというのにこの歳にして初めて音読の喜びを知るとは、自分にもまだ伸び代があるということか。