ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

ラスト(TEXT)

こあん様からのリク「針の穴」による話です。このブログもあと四話程度で一段落しますが、その前に自分が勝手に育てたウチの角都と飛段を、やはり自分勝手に想像した暁という組織から自由にしてやらねば、と思っていましたのでこんな話になりました。
こあん様、いつもすてきなお題をありがとうございます!




 暁もそろそろだな、と角都は考えた。恐怖による均衡のもと戦闘を商業化すると主張するペイン自身が理想主義者だし、マダラの個人的な野望にもついていけない。主な稼ぎ手が角都である以上これからも金銭的なメリットはなさそうだし、それなら自称悪人たちの慣れ合いに付き合うのは時間の無駄だろう。なにより、組織に属することは視野を狭める。かつて身一つで里を抜けたとき、胸中に失望と怒りと憎しみをたぎらせながらも若い角都は新しく得た絶対的な自由に胸を躍らせていた。暁の居心地は悪くなかったが、自分にのみ属するという高揚感をまた取り戻してみるのも悪くない。
 そう決めた角都は、ある朝外した指輪を机の上に置き、自前のコートを着こみ、アタッシュケースを下げて部屋を出た。アジトを後にするとき、その社会的能力の低さから角都がなにくれとなく世話を焼いてきた相棒のことを思ったが、できることは何もないので考えるのをやめた。人は例外なく一人で生まれ、一人で死ななければならない。相棒の帰結がどうあれ、それは相棒のものであって角都には無関係だ。
 かくして暁を抜けた角都は思いのままに各地を放浪し、強い者を狩れば心臓を抜き取り、金を稼ぎ、腕のいい情報屋を大事にした。そのように過ごしていたある日、馴染みの情報屋が高額の賞金首について角都に情報をもたらした。負け知らずだそうだ、賞金は時価だが三千万を切ることはない、ただし居場所の情報報酬もそれなりだぞ、情報を買うかどうかはお前次第だな。角都は支払った。その情報屋を信用していたし、投資をけちる者は儲けも少ないことを知っていたからである。
 指定された廃村の集合住宅に出向いた角都は、その屋上で非常にやる気のない賞金首と対峙することになった。錆びた鉄柵に腰かけた賞金首は、暁からの追手かと尋ねる角都をテメーなんか誰が追うかよと嗤い、そのまま胸を反らせて空を見上げると、まるで事故のように柵の外へ落ちていった。角都が立ちつくしていると、数分後に階段を鳴らして件の賞金首が戻ってきた。

「ふつー押さえるとかつかまえるとかしねェ、あーいうとき?」
「落ちて死ねば殺す手間が省ける」
「薄情な野郎だな。それにオレぁ死なねえだろーがよ」
「やってみなければわかるまい」
「そうか、んじゃオレも本気出すとするか」

 転落のショックで体の中身をはみ出させている賞金首は、ちょっと待てよな、と言って腹の破れ目に内臓を押し込み、次いでペンダントをつかんで祈りをささげた。終わりを待たずに攻撃を仕掛けた角都は対象が分身であることに気づき、身をかわして上空からの攻撃を避ける。空を切った鎌が一瞬コンクリート面に突き立つが、すぐワイヤーに引かれて宙を飛ぶ。
 廃屋をざっと破壊した二人は、かつての記憶から互いの弱点をつつき合う姑息な戦い方をしばらく続けた。賞金首は儀式で五つの心臓をつぶすよりも手っ取り早く角都の頭部を狙い、角都も相手の首を落とすことに専念した。自然に接近戦となった。
 埒が明かない勝負に先に見切りをつけたのは賞金首である。相手の足元に鎌を打ちこんで地怨虞をそちらに逸らせた男は、ワイヤーを一気に巻き取り、杭を構えて角都をめがけて飛んだ。硬化できない眼球を貫けば脳に到達できる。地怨虞を振りきる速度と敏捷性があれば可能だ。
 身を翻して飛んでくる賞金首に対して角都は目くらましの火遁を放ち、足元の鎌を引き抜いて身構えた。自分の頭部が狙われているのはわかっていた。攻撃できる距離は攻撃される距離に等しい。相手の武器が自分に到達するのが早いか、自分が相手の首を刎ねるのが早いかだが、狙う面積から判断して自分の方が有利と思われた。
 火の塊から賞金首が飛び出してくる。ワイヤーの支点である鎌を取られても軌道を修正してまっすぐ角都の目に武器の先端を向けている。角都はぎりぎりの距離まで待つ。高速で処理を行う脳がその瞬間を引き延ばす。いち、にい、さん。そうして鎌を振る。
 
 自分は損得で判断したのだと賞金首は主張した。クロスカウンターが決まったとするだろ、オレの杭がオメーの脳みそに刺さり、オメーの鎌が俺の首を落としたとする、そしたらどうなる?オメーは死ぬからいいだろうが、オレは首チョンパのまんま地面に転がっていなきゃなんないんだぜ。雨ざらしのまま腹を減らして、カラスがオレの目玉をつつき出しても怒鳴ることしかできねえ。そんなことになるんだったら潔くこっちの首を切らせといた方が得だろうがよ、ああ?
 右手にぶら下げた生首はいやになるほど饒舌だ。たまに静かになったりもするが、うっかりのぞきこんで目を合わせると赤い舌をペロペロ出して下品に笑う。

「そう嫌そうなツラすんなよ角都。久しぶりに会ったってのにホントつれない奴だぜ」
「貴様はぺらぺらと良く喋るな。換金されるのがそんなに嬉しいか」
「あーまたカネの話ィ?もしかして、信じられるのはカネだけだ、なんて相変わらず言ったりしてんの?そんなんじゃオメー誰とも組めねえぞ」
「能無しと一緒にするな、相棒なぞいらん」
「嘘つけェ、オレの頭と体とテメーの鞄とオレの鎌を一人で持って歩くのって大変だろ?現に今大変だろ?こんなとき相棒がいれば荷物は半分ですむんだぜ。なあ…ってオイ無視すんじゃねーよぶっ殺すぞテメー!」
 
 角都は荒く息を吐いた。賞金首の台詞の一部は真実で、それがさらに角都を疲弊させた。無人の村には換金所がなく、大荷物を持って埃っぽい道を行くのはなかなかの苦行なのだった。暖かくなってきた春の気候が恨めしい。目に入る汗を拭おうにも、使えるのは生首をつかんだ右手だけ。アタッシュケースと死体を抱えた左腕はだるくて重く、背負い慣れない鎌はずり落ちて踵にぶつかるのだった。そして何より、踏み切って捨てたはずの他者との慣れ合いにすぐに馴染む自分への嫌悪感が重い。
 痒い背を揺すり上げて、ああくそ、と呟く角都に賞金首が、テメーはまったく変わんねえなァ、と暢気な合の手を入れてきた。

「真面目すぎんだよテメーは、もっといい加減に生きてきゃいいのによォ。鎌だって捨てりゃいいだろ、オレのこと換金するならそんなのいらねーじゃん」
「これを作るのにいくらかかったと思ってるんだ貴様」
「そんなこと考えてるから苦労するんだってェ、暁を出て行くにしたってコートぐらい着てきゃいいのに律儀に残して行くし。そうそう、クソリーダーが心配してたぜ、戻りたかったらいつでも来いってよ、リーダーだけじゃなくって他の奴らも」
「うるさい黙れ、飛段」

 賞金首の名を口にしてしまった角都は、ふと立ちどまった。惚けたように宙を見てじっと考えた後、何もない路傍に荷物をおろし、しかし右手には生首をぶら下げたまま、まるで独り言のように疲れた声を出す。

「そんなことではない、俺はただ型にはまることが嫌だっただけだ。暁は俺を飼い馴らそうとしなかった。だから俺はあそこに長くいたが、安定した身分のせいか見識をすっかり鈍らせてしまった。守るべきものを持つと人間は弱くなる。針の穴から天を覗いて満足するような、立場に甘んじてそれで良しとするような、そんなことでは武人として」
「それって結婚生活に飽きた野郎が『おれはもっと広い空が見たい』とか言って蒸発するアレだろ、つべこべ言ってるけどよ、テメーホントはバカなんじゃねーの角都」
 無遠慮に話をさえぎる声が慰撫するように優しかったので、角都は自分の真情が否定されても怒りを覚えなかった。そのまま黙ってしまった角都に、賞金首は容赦ない言葉を、まるで睦言のような声で語り続ける。
「人間の頭ん中は環境によってコロコロ変わるもんじゃねーと思うぜ。もし変わったんだったら、そりゃ元々がしっかりできてなかったからで、まわりじゃなくてそいつ自身がクソなんだ。それによ、針の穴っつったっていろいろあるんだぜ、どっかの宗教書には針の穴をラクダが通るのはカンタンだって書いてあるらしいし、そしたらオメー針の穴から全天が見られるじゃねーか、違うか」

 角都は荷のそばに腰をおろし、起きあがらせた死体を膝に挟んで固定すると、生首を縫いつけ始めた。荷に足があるなら換金所まで歩いてもらった方がいいからな。おおーと喜ぶ賞金首に角都はそのように釘をさす。めでてえ奴だな、またオレを殺せるとでも思ってんのかァ、と賞金首はせせら笑うが、笑いながらも目は食い入るように角都の表情を見つめている。ま、テメーがオレを換金所まで連れてくってんならついていってやらないこともねーよ、オレも暁は抜けてきたからな、どうせ暇な身だ、退屈だからしばらく付き合ってやってもいいぜ。うるさい飛段、殺すぞ。それをオレに言うか角都よ。
 賞金首と並んで道を行きながら角都は天を見上げる。日中の晴天の下、角都の瞳孔も賞金首の瞳孔も直径約二ミリで、針があろうが無かろうがその大きさは変わらない。死んでも七ミリ。もし死ぬことがあればだが。