ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

質屋営業法第一条により(パラレル)(TEXT)

我が魂の友「おいもたいたん。」のさくま様よりリクエストの詰め合わせをいただきました。せっかくですので、10のお題をいただいた順に並べて連続したひとつの話にしてみました。以前に同じようにしてもっと長いものを書いたことがありましたが、今回はチョビチョビと軽い小話の寄せ集めになりました。各小話の上に<>で表示したものがさくま様からのお題です。書いていて本当に楽しかったです^^さくま様、いつもありがとうございます。


<だんだら>
貯金などしたことのない飛段は当座の金に困ればホスト仲間にたかってのほほんとしていたが、あるとき一宿一飯の代償として縛らせろという要求を軽いノリで飲んだため、とんでもない体験をする羽目になった。縄目がついた手首をさすりつつ、チクショウ覚えてろ、といかにも負け犬らしい台詞を吐く飛段を大蛇丸は嗤ったが、ちゃんと朝食は用意してくれたし、赤や青のあざだらけの飛段もそれをたいらげた。何のことはない。またいつもの一日の始まりだ。

<霞を食らう>
とはいえ、さしあたって必要な金を工面しなければ、飛段はまた大蛇丸を頼らなければならなくなる。借金に頓着しない飛段に金を貸す者は少ない。以前によく頼りにしたデイダラは今は愛人と暮らしており、さすがの飛段もそこへは行きづらい。自分のアパートは滞った家賃のため大家に押さえられてしまった。安クラブの汚らしい控室に泊まるにしても腹は減る。商売時間に客が注文した料理のお相伴にあずかるだけでは到底持たない。しかし、女たちはどうしてサラダなんかを好むのだろうか。飛段には理解できない。

<梅干は年も取らずにシワ寄せて 酒も飲まずに赤い顔 だけど元は梅の花 鶯鳴かせたこともある>
その夜、飛段を指名したのはマダムしじみという化粧の濃い女だった。夜遊びにも猫を連れてくる変わり者だが、飛段はこの客が嫌いではなかった。猫を構ってやれば機嫌がいいし、人間よりは猫の方がよほど扱いやすい。きつい紅をさした頬を嫌がる猫にすりつけながら、今日もマダムは昔の話をする。いかに自分が可憐なおぼこ娘であったか、そんな自分に求愛する男たちがどれほどいたか。飛段は猫の顔に息を吹きかけて遊びなから、まるでその話を初めて聞くかのように相槌を打つ。以前聞かされたのを覚えていないだけなのだが、マダムは上機嫌で料理の皿を飛段にも勧めてくれる。需要と供給が一致した好例だろう。

<歯に衣>
クラブがある一角から西へ一区画歩くと商店街のアーケードがある。焼き鳥のにおいに釣られてアーケードから伸びる路地に入り込んだ飛段は、小さなガラスのウィンドウの前で立ちどまった。装飾品や時計がきらきらしく並べられ、それぞれに手書きの値札がついている。質屋である。高値の指輪に目をとめた飛段はポケットに手を入れ、昨夜マダムしじみから拝領した装飾過剰な指輪を取りだした。もらったときには迷惑でしかなかった代物だが売れるとなれば話は違う。店へ入った飛段はカウンターの上に件の指輪を置き、真向かいに座る男の顔を見る。フン、と商売人とは思えないほどの無愛想な声が男の口から発せられる。下品な指輪だな。ああオメーもそう思う?うむ、実に下品だ。言いながら男は卓上のライトをつけ、浅黒い指で指輪を回し、そこでちらりと飛段の顔を見る。質入れか買い取りか。ハァ?と飛段が聞き返すと、男はさも面倒臭そうに付け加える。お前それを買い戻したいか。いいや、いらねえな。それを聞くと男は手元の電卓をカタカタと叩き、表示窓を飛段に向けて見せる。五十万という金額に飛段はぽかんとする。その指輪そんなにすんの。趣味は悪いが石は良品だ、この値でいいなら即金で払うが、売るかどうかはお前が決めろ。ふわふわとした気持ちで大金を懐にした飛段は、店を出てからとりあえず焼鳥屋へ向かう。今夜は久しぶりにアパートへ戻ることができそうだが、部屋に食料はなかったからである。

<先生、見えません>
飛段は自分の部屋を物色している。店で知り合った女たちから贈られたものを探しているのである。グラス、財布、ネクタイ、指輪、香水、すべて飛段にとっては無価値のものだったが、どうやらそれらは金になるらしい。かき集めたものを、ざらざら、と紙袋に入れながら、飛段はひとつの指輪を手に取って眺めてみる。嵌っている石はダイヤのように見えるがガラス玉かもしれない。質屋の男を真似て灯りの下で回してみても、飛段には真贋がさっぱりわからない。

<前かがみ>
何度か質屋に通ううちに、飛段は持ちこんだものが価値あるものかどうか見極めがつくようになった。角都という名の質屋の主人は安物は普通の姿勢で鑑定するが、高価な品物だと猫背になるのである。縁日の出店で売っていそうなガラス製の小さな招き猫を持ちこんだとき、思いがけず角都が猫背になったので、飛段はごくさりげなく、それなかなかイイだろ、と言ってみた。角都はひょっと顔を上げ、飛段の目をまともに見たが、すぐに視線を落としてそっけなくフンと言った。一瞬ではあったが角都の驚き顔を見られた飛段は何だか得をしたような気持ちになった。後日、百円ぐらいにしか見えなかった招き猫は二万円の値札をつけられてウィンドウの中に麗々しく置かれ、数日後には新しい持ち主へと引き取られていった。

<空飛ぶギャランドゥ>
飛段が質屋に持ちこめる品物は女たちからの贈り物であるから、ものを売りきってしまえば店へ行く理由はない。なのに飛段はちょくちょく顔を出す。手ぶらでは訪ねづらいとは思っているらしく妙なガラクタを持ちこんだり、焼き鳥を持参するときもある。ある日、飛段はポケットから小さな樹脂製の箱を出し、覗いてみろよ、と角都に差し出す。怪訝そうに小さな穴から中を覗いた角都は、そこに女性のヌード写真を見る。わきの棒を回すと絵が変わるぜ、と飛段が嬉しそうに告げる。おもしれーだろ、それテメーにやるよ。ものを貰い慣れていない角都はどう反応して良いかわからず、箱の中をじっと覗き続ける。ジャリ、ジャリ、とノブを回して現れた四枚目の写真は上下が逆になっており、天に横たわる毛深い男の体に逆さの女がまたがっている。長い髪が上に向かって垂れ下がる。ああ、と角都はやっと声を出す。確かに面白いな。

<聞きしに勝るは>
今から一人で喧嘩に行くという飛段をデイダラは電話口で引き止めようとする。店にも来ねえでなにやってんだよ飛段、絡むバカは放っておけよ、うん。バーロー売られた喧嘩は買わなきゃならねえだろ、と返しながら飛段は息を強く吐く。どこかへ移動中らしい。マダラの店の奴ら相手に万が一でも負けるわけにゃいかねえ、久しぶりに暴れてやるぜ、ゲハハハ。せめてどこへ行くのか教えろとデイダラは怒鳴るが、その最中に電話は切られてしまい、あとはかけても応答がない。このバカめ、とデイダラは小さく吐き捨てて携帯を閉じる。自分なら口舌で相手を丸めこめるかもしれないが、飛段にはそんな技術はなさそうだ。やんちゃなだけかと思っていたが、複数の相手に単身で喧嘩を仕掛けていくとは思っていたより飛段は愚か者なのかもしれない。

<騒がしい心音>
扉が開く音に、買い受けたばかりの古書をめくっていた角都は頭を上げた。五、六人の若者たちがぞろぞろと店内に入り込んでくる。先頭は最近頻繁に訪れる飛段という若造だが、角都が心密かに賞嘆していたその顔はいびつに腫れあがり、泥や流血で黒い縞模様になっている。怒らせた肩を揺すってカウンターの前までやってきた飛段は、いつもの椅子にどかりと腰をおろし、よお、と言って垂れ下がった前髪を後ろに撫でつける。これよォ、買い取ってほしいんだけどよォ、いくらになるかな。じゃら、とライトの下に置かれた装飾品の鎖はきらびやかに光っているが明らかに安物だ。眉を寄せた角都がそれでも鎖を検分し始めると、飛段の背後に立つ若者が、おい百万払えなかったらどうなるかわかってんだろうな、と低い声を出す。ヘッ、車がへこんだぐらいでガタガタ言ってんじゃねーよ、と飛段がやり返すが、声はかたく上ずり、貧乏揺すりで膝が小刻みに揺れている。険悪な空気の中、角都は鎖から手を離し、電卓を叩く。それぞれの思惑でぎらつく複数の視線が一斉に表示窓へ向けられる。

<フォフォフォ>
渡された濡れタオルで手を拭い、まず顔を拭け、と注意をされて初めて鏡を覗いた飛段は、自分の顔のありさまをまじまじと眺めた末に腫れた唇を歪めて笑い出した。これすげー超受ける、写メ撮ってくんねえ角都?バカが、と応えた角都は金庫を取り出し、閉店の準備をする。既に深夜であり店の外には人通りもない。汚れたタオルをカウンターに返した飛段は、その上に置かれているペンダントを眺める。先ほどの金ぴか鎖ではなく、銀が腐食して黒ずんだみすぼらしいものだ。飛段が癖でよく握りしめていたトップだけが鈍い光を放っている。テメーよくこんなものに百万出したな。フン、と鼻を鳴らした角都はそのペンダントを無造作につかみ、金庫の中へ滑り落とす。誤解するな、これは買い取りではなくて質入れ品だぞ、お前はこれを俺から買い戻さなければならない、当然利子もつけてな。おう、けどこのツラじゃしばらく店には出られねえ、支払いちょこっと待ってくんねえか。甘えるな、とそっけなく角都は言う。仕事に出られないならこの店を手伝え、給料から天引きで返済させてやる、月に五万ずつ返せば二年で完済できるだろう。二年って何だよそれとんでもねえオレぁホストもやってもっと早く返してみせるぜ、と応えた飛段は、その後の自分が数十年の長きにわたって質屋で働き続けることになるとは予想していなかった。角都もそうだ。