ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

庭に花(ss)



角都はあちこちに隠れ家を持っているらしい。本人からそれを聞いたとき、隠れ家という響きから飛段はひっそりとした薄暗い場所を想像したのだが、実際にその一つに行ってみたら普通の小さな家だったので拍子抜けしてしまった。生垣のある平屋は世帯じみていて、なるほどこれは身を隠すにはもってこいだ、と飛段は変に感心した。狭い玄関を上がって廊下を通り奥の台所へ入った角都が、窓を開けてガス栓をひねり、ヤカンに水を入れて火にかけている間、飛段は猫の額ほどの庭に面した部屋を覗いてみた。何の変哲もないありふれた座敷だ。あまりに普通すぎて買い物に行っていた女でも帰ってきそうな雰囲気。箪笥もテレビもないし庭も草ぼうぼうだが、ここに女がいてもおかしくない、というかいたら角都としっくり夫婦らしくて違和感がないだろう。考えているうちに飛段は落ち着きを失い、ホコリくせえなぁと大声でひとり言を言いながら家の中をうろつき、あちこち覗いたあげく、アルミ枠に白く錆の浮いた風呂場のドアを開けてみた。するとガリッと音がして、見下ろすドア枠の溝にピアスが一つ落ちている。拾ってみればピンクの花型、明らかに女物だ。飛段はそこにしばらく突っ立っていたが、一つ大きく息を吸うとその勢いで台所へ行き、急須に茶葉を入れている角都の目の前に件の装飾品を置いた。眉を寄せた角都が、どこにあった、と尋ねる。風呂場だと、クソ、もっとよく探すんだった。ぶつぶつとひとりごちる角都は、それ誰のだよ、と尋ねる相棒を不機嫌そうに見やる。風呂場で解体したくのいちの物だ、ピンクダイヤの良品だが片方だけでは売り物にならなかった、今さら片割れが見つかっても何にもならん、目障りだ、捨ててしまえ。テーブルの上に置かれたまんじゅうを片手でつかんだ飛段はもう片手でピアスを拾うと、開け放された縁側をめがけて投げる。ピンクの花は投げた者の気持ちのようにキラキラ輝きながら明るい春の庭へ飛び出していく。