ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

独語・スケ9(trash)

震災から半年が経ちました。大きな被害のなかった場所はすっかりかつての状態に戻っていますが、復旧が進まないところは震災直後のままで、まだ私の家にはお風呂客が訪れています。その一家は飲み屋をやっていましてそこの座敷部屋で暮らしているのですが、風呂場がないのですね。真冬になる前に家が建つといいね、と言い言いしていますが、大工さんも超多忙ですし、なかなか難しいようです。もう半年、まだ半年。
台風の被災地はまだ混乱のただ中でしょう。物資の救援は県や市町村が効果的にやるでしょうから、ここは「信じられるのはカネだけ」方式で募金をすることにします。赤十字では9/8から開始しているそうです。



<スケッチ 9>


K:
いつものベンチに座った飛段の肩に角都が布を掛ける。石膏像のほこりよけに使われていたそれは張りのある白い木綿で、窓からの風にもあおられずにくっきりと襞を刻んで床まで垂れ下がる。角都は布の形をつけると自分の椅子に戻り、鉛筆でデッサンを始める。飛段は腹でゆるやかに呼吸をし、動かずにいる。先日人形師のサソリがひょっこりと現れ、デッサンは正確だが面白みに欠けるだのなんだのと角都の絵をけなしたが、飛段のポーズについては特に意見を述べず、それどころか暁会で初めて飛段がモデルを務めたときには撮らなかった写真を数枚撮って帰っていった。顔にも言葉にも出さなかったが角都は誇らしかった。実際に飛段のモデルぶりは申し分ない。無駄口が多いがおおむね動かないし、裸を恥じることも誇示することもない。ときに情事の痕を残したまま来るのには閉口しながらも、角都は不快を表には出さなかった。飛段は若いのだし、プロのモデルでもない相手に体の管理をうんぬんするのは求め過ぎだろう。嫌ならやめてもらえば済むことだ。角都にとって世界は単純である。欲しければ手に入れる算段をし、気に入らなければ取り除く。角都はそんな自分に満足していたし今後も変わるつもりなどなかった。そうして今日も、飛段の体の痕を自分が不快に思うのはなぜか、という心の問題はなおざりにしたまま角都は鉛筆を握るのである。


H:
五分間の休憩中、飛段はアトリエの隅に置かれたガラクタをいじる。冗談のように古めかしい電子機器は角都によれば鉱石ラジオというものらしく、小さなレバーをひねるとシャアシャアと音を出して飛段を愉快がらせた。角と角の間に穴の開いた牛の頭骨は屠畜場からもらってきたもので、けっこうな重さのある曲面をなした金属片はタービンブレード。タービンブレードってなに、と尋ねる飛段に角都は、発電機の部品だ、と短く答え、少し間をおいてから、俺が以前働いていた工場で、と話し始める。メンテを怠っていたタービンが故障してそのブレードが飛び散り、二人死んで俺は重傷を負った、あれから俺は会社からの賠償金で食っている、つまりそれは俺のメシのタネというわけだ。十秒ほどの角都の経歴説明に飛段は、へえ、と返す。正直なところ、それがわかったところで飛段には何の関係もない。角都が話したから聞いたまでのことだ。休憩時間を終えた飛段はベンチに戻り、肩に掛けたままの布を少しいじる。こうすると角都が襞を直しに来るのである。すぐそばに寄せられた角都の体から伝わってくるほのかな体温と匂いを飛段は楽しむ。記憶にある匂いと違うのは、記憶の匂いが最初に借りたジャケットのものだったからだと思い当たって飛段は鼻の穴をふくらませる。当初興味のあった角都の傷や暮らしぶりよりも、なまの角都自身について今の飛段は知りたいのだ。


→スケッチ10