ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

独語・スケ13(trash)

スケ話の続きです。金木犀の花を話に入れてしまったので早くアップしないと!とせかせか打ちました。あとで直すかもしれません^^;



<スケッチ 13>


 かつての同僚の命日に墓参をした角都は墓地で花盛りの金木犀を目にし、柄にもなく感傷にふけった。死んだ男が好きだった花をここへ植えたのは男の妻だ。毎夜仕事で帰りの遅い夫を彼女が疎んじていたことを角都は知っている。一度深酒した同僚を家まで送り届けたとき、家には同僚の妻が見知らぬ男と共にいた。男をたたき出した角都に妻は怯えと期待の入り混じった目を向けてきたが、誘われたと感じた角都は女を軽蔑し、言葉も交わさず早々に辞去した。あれは本当は殺してほしかったのかもしれない、と思いついたのは同僚の死後、妻が行方をくらましてからのことである。角都がようやく退院を許されたころ、妻の車は自死の名所として知られる原生林の外側で、体は内側で発見された。角都は葬儀に行かなかった。悲嘆はさしあたってもう充分だった。
 夕暮れの薄闇の中で金木犀の花は蛍光色の光を放っていた。感傷に任せて角都は花の一房を摘み取るとコートのポケットへ入れた。芳香は車の中でも持続し、自宅へ帰り着いた角都が鍵を取り出そうとポケットを探ったとき、いっそう強く香ったように思われた。
「よお」
 その夜は雨の予報が出ており、強い風に吹きなぶられた厚い雲が巨大な軍艦のように暗い空を走っていた。雲の切れ目からのぞく月があたりを照らす。玄関前の水蝋の木はふさふさと丈高く伸びていたが、目隠しにちょうど良いので角都はそれを刈り込むことがなかった。わさわさと揺れる葉の陰からぬっと出てきたのは飛段だ。片手に金木犀の枝を、まるで楽器のように高く持っている。
「ちょいと近くまで来たから死んでねーか見に来てやったぜ、なんだ元気そうじゃねーか」
 ひと月ほど前に喧嘩をした相手がどういうつもりでやってきたのかはかりかねた角都は、切れ切れの月光に照らされたその顔をじっと見た。少しやせたように見えるが気のせいかもしれない。あのあとの水曜日、いつもの時間に駅へ行った角都は、現れない飛段を車の中で待ちながらこうしてものごとは終わるのだなと思ったのだった。カブトのことはきっかけにすぎない、多分もう潮時だったのだろうと。
 なのにその飛段が今ここでシャツの裾をなびかせてヘラヘラ笑っている。
「どうやってここまで来た」
「それがタクシー使ったらよォ、持ち金全部かかっちまってタクシー代どころか電車賃もねーんだよ、だからオメーんとこでモデルやって金稼いでから帰ろうと思ってさ」
「ひとを訪ねるには非常識な時間だと思わんか」
「そりゃオメーのせいだ、オレぁ昼間っからここにいたのにオメーの帰りが遅いのが悪いんだぜ、腹は減るし金はねーし寒いし降りそうだし、いったいどこ行ってたんだよ角都、オメーが帰ってこなかったらオレぁ死んでたかもしれねーぞ」
「電話をかければ留守がわかったろう」
「まあそういやそーだけど…つーか、そんなにオレのこと描きたくねえ?もうやだ?」
 タタタ、と音を立てて大粒の雨が落ちてきた。返答に窮していた角都はとっさに飛段の肩をつかんで軒下へ押し込んだ。金木犀の枝が地面に落ちる。急いで拾う飛段にそれは何だと尋ねながら角都は握ったままだった鍵でせかせかと鍵穴を探った。答える飛段の声が上ずっている。
「なんか、手ぶらで、来づらかったから、来る途中で折ってきたんだ、花ならいいかと思ってよ、いい匂いだし、捨てるのも捨てやすいし」
 やっと扉が開錠された。角都は再び飛段の肩をつかみ、家の中へ引き入れた。数秒後、二人を追うように雨が扉を激しく叩きはじめる。間に合ったなと角都はひとりごち、飛段の手から金木犀の枝を抜き取ると、明かりをつけた。まずは花を差す器を探さなければならない。


→スケッチ14