ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

独語・スケ14(trash)

今日はとても秋らしい良い天気でした。同僚たちとバーベキューに行き、楽しくもりもり飲み食いしてきたんですが、私、人の顔と名前を覚えられないという大きな欠点がありまして、今日も途中までまったく知り合いじゃない相手を知り合いだと勘違いしてぺらぺら話しかけるという失態をおかしました。ああ…まあいいや、忘れよう!(そうしてまた反省しないのであった)



<スケッチ 14>


 懐かしいベンチに腰を掛け、角都が戻ってくるのを待った。外は大雨で、ときどきバシッとすごい音を立てて雷が落ちる。さっきつけた電気はすぐに消えてしまった。停電だ。こんな中でポーズを取っても何も見えないだろうが角都が服を脱いでおけと言っていたのでオレは全裸になっている。正直なところかなり寒いが、家に入れてもらえるとは思っていなかったので、しろと言われたことは何でもするつもりだった。
 懐中電灯を持ってアトリエ奥の寝室から出てきた角都が、ぶら下げてきた毛布を広げてオレの頭から掛け、両肘を両膝につく、くたびれたボクサーみたいなポーズを指定してきた。絵のモチーフに使うガラクタの中からランプを引っ張り出してきて灯をつける角都を、毛足の長い毛布にうっとりしながらオレは眺める。まだ寒いしもちろん腹ペコだけど、さっきまでのみじめな気持ちは消えつつある。角都をよく知っているわけじゃないが、奴はやりたくないことはやらない男だと思うし、今いろいろ動き回っているのはオレを描きたいからなんだ。そのことがオレの自信を呼び起こす。
 一つのランプをオレの前に、もう一つを自分の隣に置いて、角都がスケッチブックを開く。いい具合に雨の音が間を埋めていく。この時間を損ないたくはないが、オレは角都に言いたいことがあってここまで来たのだった。それを済ませなければ先へ進めない。腹で呼吸をし、うつむいたままオレは角都に最近の話をする。カブトのアトリエへ行ったこと。人が無意識下に持っている自己規制を外すために、と酒を勧められたこと。酒のせいか混ぜ物がしてあったのかわからないが、自力で動けないほど深く酔ったあと、カブトにポーズをつけられてその姿を描かれたこと。酒は断れば断れたし、事前に角都に注意を促されてもいた、だからこれは自分の責任だとわかっているのだということ。まだしゃべっている最中に、おい、と角都の低い声が割って入る。
「貴様の話はダラダラ長い。どうしたいのかはっきり言ってみろ。奴のカネで憂さを晴らしたければ俺が盗ってきてやる」
 いらねえ、とオレは言った。奴のものは何にもいらねえ、そうじゃなくてオレは謝りたかったんだ、こないだ喧嘩したときオレはオメーに、みっともねーツラだ、そんなに口をひん曲げてると縫い目が裂けるぜと言った、謝っても何にもならねえけどあれを後悔しなかった日はない、あんなこと言ってごめんな、すぐに謝らなくてごめんな、カブトんとこ行った次の水曜日に駅まで来たらオメーいなくてそりゃ当然だって思ったけど諦めきれなくて、今日来てみてもオメーいねーしどうしようかってさんざん迷ったけど、でも待っててよかった、家に入れてくれてありがとな、オメーがカブトにやられたときにそばにいてやらなかったくせにオレのときばっかり押しかけてきてごめんな、毛布も貸してくれてありがとな、またオメーのモデルやれてマジで嬉しい、オレ。
「話が長いと言ったぞ。少し黙れ」
 角都にしろと言われたことは何でもするつもりだったから、オレは黙った。そのうち電気が戻ったが、角都はそれを消してランプの灯で描き続けた。モデルって不思議な仕事だなと今さらオレは考える。ずっと黙ったまま誰かと一緒にいて全然気まずくならず、むしろ心地よいなんて仕事はなかなかないんじゃないだろうか。向き合う相手によりけりだとしても。


→スケッチ15