ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

独語・無益の歌【共鳴】(trash)

前の「しりとり」を書いてからずいぶん経ってしまいました。あのとき秋だったのにもう冬!長くかかるような話じゃないのにすみませんm(__)m力尽きてなんだか尻切れトンボですみませんm(__)mしかもちゃんと読み直していないので後で直すかもしれませんホントすみませんm(__)m
すてきなお題をくださったこあん様、本当にありがとうございました!



【共鳴】

 不景気だというのに選挙を控えて俺は大忙しだ。どこから情報を仕入れるのか毎日毎晩電話は鳴り続け、山のようにメールが届く。依頼人とは顔を合わせず報酬は前金制、不首尾に終わっても返金はしない。そんな悪条件なのにどいつもこいつも簡単に金を振り込んでくる。容姿も信用も正義も金でどうにでもなるのだった。世の中信じられるのは金だけだとつくづく思う。
 今日も俺はある男の過去の微罪を掘り起し、それがさも悪質なものであるかのように書き上げた報告書を依頼主へ送りつけたところだった。一日の仕事はこれで十分だ。端末の電源を落とし、軽く伸びをすると、革張りのシートがぎちりと鳴った。高値故にたいそう逡巡したものだが、この車を購入したのはアタリだった。気に入ったものを所有できれば人生の質が上がる。このようなものに払う対価は惜しくない。
 金が詰まったアタッシュケースから視線を上げると、助手席ドアの調光ガラスに映る俺の顔が笑っていた。外から見えないのをいいことに俺は唇の端をさらにつり上げた。通りを歩いている者たちのほとんどは馬鹿正直に働いてわずかな報酬を得、誰に搾取されているのかわからないまま小さな幸せを拾い集めながら一生を終えるのだろう。憐れなことだ。会社を首になったおかげでそんな社会から抜け出すことができたことを思えば、自分の判断ミスを俺にかぶせた上司に感謝してもいいのかもしれなかった。
 歩道に面したバーの窓から黄色い明かりがあふれている。飲んで帰るかと考えたとき、件の窓のそばに立っている若い男に俺は気づいた。銀色の髪を後ろになでつけ、目つきも悪く、金もなさそうに見える。店の壁に寄り掛かっていたそいつが急にふらりと壁から離れ、こちらに向かって歩いてくる。暗いガラス越しに車内が見えるとは思えないが、俺はまだ頬に残っていた笑いを引っ込める。この寒空に男はシャツ姿でひどく寒そうに見えた。金をたかる気かもしれない。あるいは車上荒らしか。用心していると、男は車のすぐそばまで寄ってきて俺に向けて舌を突き出し、下品にちらちらと動かして見せた。
 一瞬俺は動揺した。アタッシュケースを撫でながら悦に入っている自分のみっともなさを嘲られたと思い、怒りよりも恥で身が焼かれた。数秒間のち、ふいと踵を返して再び店の壁へ戻っていく男。俺は携帯電話で男の写真を撮り、それを知り合いへ送りつけた。返信は早かった。若い男は飛段といい、女と組んで美人局をしているらしい。喧嘩は強いが頭は弱く、あたりの者からも相手にされていないという。
 落ち着きを取り戻した俺は車中から若い男を観察した。よく育った体を寒さで縮め、手の甲で洟を拭きながら店を覗く様子はまったく愚かしく見える。多分ガラスに映った己に対して舌を出していたのだろう。今さら俺は男に腹を立て始める。こんなチンピラに気持ちを乱されたことが無性に腹立たしい。暴力に長けていることがこいつの誇りならそれをつぶしてやりたい。路上で叩きのめしてやってもいいが警察沙汰はごめんなので、俺は安い一計を案じる。美人局の客となって人目につかぬところへ連れ込まれてから、時間をかけてじっくりといたぶってやろう。心身ともにぼろぼろになった男が屈するさまを想像して俺は暗く興奮した。喧嘩が得手らしいが、俺にとっても暴力は得意な分野だ。かつては同時に複数の相手とわたり合ったこともある。こちらに道理のある殴り合いでうっぷんを晴らすのも一興だろう。
 重たいアタッシュケースを下げて、俺は男がさかんに覗いている店へ入った。男の連れはすぐにわかった。服も化粧も娼婦然としているのに色気のない女で、これでよく美人局ができるものだと俺はひそかに呆れた。段取りを踏んで誘われるままにホテルへ行き、そこで女が脱衣したが、ふざけたデザインの下着をつけた運動選手のようでやはり色気がない。作業のようにこちらの服を脱がせてくるさまはとてもビジネスライクである。筋肉のついた太腿を見ながらそんなことを考えていると、部屋のドアが音を立てて開き、はたして先ほどの男が威勢よく踏み込んできた。
 思ったよりも相手は健闘した。身体能力はかなり高く、突きも蹴りも寸前でかわされる。焦れた俺は隙を見せて攻撃を誘い、殴りかかってきたところをつかまえてベッドの上にねじ伏せた。むりやり羽交い絞めにして相手の動きを封じる。しばらくその体勢で息を整えていたが、俺とベッドの間に挟まれた男が腰をよじりだしたので力を入れて締め上げ、両手で男の後頭部を押さえつけると、薄っぺらいシャツの襟から相手の体温とにおいが立ち上った。最近このように他人と密着したことがなかったし、相手からはこちらが見えないという状況もあって、俺はその温かみとにおいをひそかに楽しんだ。下敷きになった男が苦しげに息をつく。あっ、あっ、と吐息まじりの声が俺の嗜虐心をいたく刺激する。こいつを辱めたい。こころゆくまで存分に。
 俺は片手で相手の髪をわしづかみにしてから羽交い絞めを解いた。とたんに上体が跳ね上がるが、髪をつかまれると人間はなかなか動きが取れないものだ。暴れる体を押しつぶすようにして俺は相手の腹を探り、ベルトを外し、ズボンを引き下げる。怯えさせようと下着越しに股間をつかむと、硬くふくらんでいたので可笑しくなった。とんだ変態野郎だ。つかんだ手に力を入れてきつく揉むと男は体をこわばらせ、やがて悔しそうにゆっくりと達し始めた。顔をうつむけようとしたが俺は許さず、いくときの顔をじっくりと見てやった。シーツの上の横顔は紅潮していた。苦しいのか口を開いてまぶたを震わせる。さっき表で見た舌をもう一度見たくなり、片手で首を絞めたがなかなか出てこない。唇に吸いついて良くねぶり、舌を少しだけ引っぱり出す。とろりと唾液に光る舌はもうこちらを嘲っているようには見えなかった。俺は満足した。
 そのころには俺自身かなりせっぱ詰まっており、裸に剥いた男の尻に自分の器官を埋めて揺すぶるまでの動きを非常にそそくさと行わなければならなかった。とりあえず二回ほど達し、やっと落ち着いてきたころ、その存在も忘れていた女が風呂場から出てきた。面倒だなとは思ったが抜くのは惜しく、ゆるゆると腰を振っていると、女が、ねえ、と話しかけてきた。

 なんだ。
 ちょっといいかしら。
 まざりたいのか。
 まぜてくれるの?
 いや。
 なら聞かないでよ。

 それもそうなので行為を続けた。今では男はすっかりおとなしくなり、座位によって奥までおかされるとキモチイイと言って件の舌を出して喘いだ。これを他人に見られるのは気に入らないと思い、男の口を片手でふさぐと、温かく濡れた舌に手のひらを舐められた。ぞわぞわと興奮し、それを感じ取った男が声を上げ、では、と新たに意気込んだとき、女がまた話しかけてきた。先ほどと同じく冷めた声だった。

 ねえ。
 なんだ。
 あたしの話、まだなんだけど。
 そうか、さっさと済ませろ。
 ビジネスの話。基本的に持ち金を全部もらうことにしているの。
 そういえばこれは美人局だったな。
 でも飛段がそんなだし、いい加減あたしも足を洗うつもりだったから特別に半額にしてあげる。それでどう?

 下着姿の女は腕組みをしてこちらを睨んでいる。仁王立ちだ。腹を立てているに違いない、相棒を寝取られた上に誇りを傷つけられたのだから。気がせいていたし高揚もしていた俺は女にアタッシュケースを開けさせ、金を取らせた。女は服を着、バッグに札束を押し込むと、振り返りもせずに部屋を出て行った。同情されることが嫌だったのだろう。かつて会社を辞めたときの俺とよく似ていた。違っていたのは受け取った金の額だ。女の方が多額の金を手にしたはずである。そのことが俺の気分を良くさせた。
 今まで他人を乗せたことのなかった愛車に得体のしれない男を乗せ、運転しながら俺は考えた。何も変わらないはずだ、俺は今まで通り仕事をし、金を貯め、好きなように生きていく。金で買ったこの男、体の相性は良いようだから都合よく使っていらなくなったら捨てることにしよう。やはり誰も招き入れたことのないマンションの部屋へ初めて男を通したときも、俺はそのように考えていたのである。