ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

隔離(ss)



真夏の夕方、角都の持ち家のひとつで飛段が蚊帳を吊る。納戸からみつけたそれをどうにか吊り終えるといそいそと中へもぐりこみ、悦に入っている。古臭いものをと角都は呆れるが、萌黄の蚊帳の中で大の字になっている相棒を見ると自分もそそられ、ふかした玉蜀黍を盛った籠と麦茶のやかんを持って蚊帳の中へ入る。なんだビールじゃねーのか、欲しいなら貴様が買ってこい、とやりあいながら二人はやかんの口から交互に麦茶を飲み、玉蜀黍を食べる。熱気はまだ引かないが、雑草が猛威をふるう小さな庭ではヒグラシが鳴き、ツタがへばりつく引き戸や窓を全開にした粗末な家の中は風が縦横に吹き抜けて新聞紙がかさこそと部屋の隅に吹きだまる。片肘をついてごろ寝をしている飛段が、静かだなァ、と言う。蚊帳の薄緑に染まっている相棒を見ながら、角都はふと妙な物思いにとらわれる。緑ばかりが吹きこぼれる世界の、この蚊帳を中心に高く俯瞰すれば、自分たちを除くすべてを覆い尽くした緑が地平線まで果てしなく広がっているのではないかと。飛段は飛段で、近隣の住民を殺戮し尽くしたらこんな感じかもしれねーなあ、などと考えている。全部終わったらこんなふうに静かなんだろうか、ちょっと退屈な感じもするが、まあ角都もいるし何とかなるか。縁側から飛び込んできたセミが音を立てて蚊帳に体当たりし、ジッ、と鳴って飛び去る。表の往来から人の気配が流れてくるが、それも幽霊のように淡い。四角い結界の中で二人はそれぞれ贅沢な妄想にふけりながら怠惰に日暮れを待つ。魔が解き放たれる闇夜までにはまだ時間があった。