ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

沈まない船(ss)

いつもユーモアという窓を通して新しい世界を見せてくださるアズマ様のリク「補陀落渡海」による小話です。アズマ様、いつもありがとうございます。これからもどうぞよろしく。



毎日見ていたのに今まで気づかずにいた扉が目の前で開いたかのようだった。扉の存在にまず驚き、次いでそれを認識しなかった己の鈍さに意識が向くそれ。単独任務に出ていた相棒が戦闘に敗れ、バラバラに解体されてもなお悪態をつき続けた末にドラム缶に詰められて海に流されたらしいと聞いたとき、俺が思い浮かべたのは奇妙なことにそのイメージだった。俺は情報をもたらしたペインに何も応えることなく自室へ戻り、ベッドに腰を掛けてしばらく考えた後、いつものアタッシュケースを下げてアジトを出た。俺は急がなかった。ことが起きてから既に数日経っている。今さら急いでも意味がない。翌々日、体力を温存したまま件の町に着いた俺は雑貨屋で携帯食と水を購入すると、それを持って港へ行き、網を繕っていた漁師から小さな漁船を言い値で買った。アタッシュケースから金を取り出したとき、俺は自分の変化をことさらに強く感じた。何よりも金を優先し無駄や不確定なことを嫌う思慮深い俺とはしばらくの間お別れになりそうだ。荷を積む俺に漁師がしわだらけの顔を向け、修行かね、と尋ねる。お前さん宗教の人かい。ああそうだ、と相棒の代わりに俺は答える。ここから沖へどこまでも行けば求めてやまないものを見つけられると聞いたのでな。そして俺は岸壁を蹴る。世界は広いが、好都合なことに果てはある。生きて長くさまよえば、いつかは目当てのものを見つけることができるに違いない。