ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

なぜ怒る(ss)



成功報酬をはずんでもらった角都は上機嫌で、珍しく高級ホテルを自分たちに奢った。仕事の依頼主がこのホテルの大口株主なので安く宿泊できるのだ、と角都は常になく饒舌に相棒に語った。最上階の続き部屋などそうそう泊まれるものではないぞ、窓の外の絶景を見てみろ、そうだ食事はどうする、何が食べたい、ルームサービスを取るか?いらねえ、と飛段は部屋のまん中に突っ立ったままそっけなく答える。外にラーメン屋があったからオレぁそこ行ってくるぜ。ラーメンとは安い野郎だな、ならここでラーメンを頼めばいいだろう。いらねえつってんだろーが、と突然飛段は大声で怒り出し、そういえば仕事が済んでからというものこいつは妙に不機嫌だったな、とぼんやり思い出す角都に向かって刺々しい言葉を投げつける。ちょっとばかし広い部屋に泊まるからってはしゃいでんじゃねーよ、昼間あんな無茶な戦い方して心臓二つもなくしやがって、それでよくヘラヘラしてられるなオイ。虚をつかれた角都は深く考えず、あんなものまた補充すれば同じことだろうと答えて、違う!と怒鳴られる。違う、全然違う!クソみてーな金とテメーの心臓をいっしょくたにするな!思いがけない言葉に立ち尽くす角都から目を逸らし、飛段は急に勢いを失った声で、景色だってゆうべの野宿のとこのがよっぽど良かったぜ、と告げると部屋を出ていった。残された角都は呆然とする。確かに昨夜の景色はすばらしかった。月光の中で咲き始めたばかりの桜がちらちらと散らばり、野を突っ切る一本道が白く光っていたのを角都も覚えている。あのとき寒そうにごそごそ肩を寄せてきた相棒が大切なものに思えて、それで角都は今日の散財に及んだのだ。急に味気なくなってしまった夜景を見下ろして角都は考える。何が悪かったのだろう、贅沢な部屋に贅沢な食事、風呂、寝台、夜景、小道具すべてがそろっていたのに、それを楽しんでくれる飛段がいないのでは意味がない。角都はほんの少し相棒を甘やかしてやりたいだけだったのだが。