ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

独語・水精(trash)

さてさて何も更新なくてすみませんm(__)m以前にちょっと触れた今昔物語二十七巻の話(冷泉院の水の精人の形となり捕へらるるものがたり)を角飛変換して書いていたんですが、いやーまったく別物になりました(^^ゞアハハ、ハハ…
題もつけてないしでダメダメなんですが、ここにコソリとあげておきます。
明日からまたちょこっと入院して管とか全部引っこ抜いてきます。数日で戻ると思いますんで。戻ってきたらまたネット徘徊いたしますね。
こんなダメブログに拍手を下さる方がいて恐縮しております。本当にありがとうございます。



 この庵の管理を任されたとき、自分は試されていると角都は考えた。間者の集団を束ねていた角都をひとりだけ人里離れた国境に配置したのは、能力を評価したのではなく角都が反体制的な動きを見せたときに始末しやすいからであろうし、分離によって角都自身と集団を弱体化させる狙いもあったのだろうと思われた。無理もない、ほんの数か月前まで角都は敵側の間者だったのであり、配下の集団はそれこそ得体のしれない者たちの寄せ集めに過ぎない。現在の雇い主である猿飛ヒルゼンという大名は伝え聞いていた通り世故に長けた人物のようだったが、それだけに油断のならない相手でもあった。まあ現在の待遇に不満はないのだし、手綱を緩めて忠誠をはかりたいのならそうすればいい、と角都は思った。いずれにせよ己に利がないと判断した場合は以前のように里を抜けるまでのことだ。
 猿飛家の居所のひとつであったらしい庵は山間の小さな平地に建てられていた。こちらに移されてのち、角都は土地を把握するという名目であたりを散策した。ふもとへ一里も行けば集落があり、小さな隙間も惜しむように田が作られていたが、そこまで行かなければ雑木とススキの原である。なまめかしい木肌のしゃら、すらりと伸びる白樺、とほうもない巨木に育った銀杏、妖しく緑がさすもみじ。角都はあたりの地形を頭に入れながらもひそかに風雅を楽しんだ。そうして庵の管理をする一方で隣国へ抜ける道に往来があればその者の身元を問いただし、記録にとどめた。間をおいて訪れる監視の者はきまって「スッパ頭なる角都の仕事ぶりに不足なし」と同じような報告を大名方へ届けるのだった。
 庵の庭先には池があり、山からの湧水を受けては細い水路に流していたが、手入れをされていない今はうっそうと植物に覆われてほとんど水も見えないありさまであった。このたび冬に向けて庵の修繕を終えた角都は、池に倒れ込んでいる枯れ木などを取り払い、びっしりと繁茂した浮き草をすくってこれも捨てた。明るくなった水面には鳴きながら飛ぶ鳥の姿が映り、さざ波が寄った。
 自分の仕事ぶりに満足した角都は、焼き栗と塩と濁酒を盆に盛ると濡れ縁に腰を下ろし、早々に暮れていく庭を眺めた。昨日たまたま国境を越えてきた知人からこんな田舎で身を終えるつもりかと尋ねられた、そのささくれた気持ちを胸の中でゆっくりとこね回す。知人は単純に角都の抜きんでた才能を惜しんだのだが、角都自身としてはかつての野心を失った自分を揶揄されたように感じたのだ。地位などひとつ戦に敗れれば儚くなるもの、仲間とていつ裏切るかわからない、何もかも不確かなこの戦国の世で信じられるものは金だけだがあいつにそれを説いたところで一文にもならん、と角都は栗を割る。
 常よりも酒を過ごして億劫になった角都は、雨戸を立てることもせず板の間にごろりと横になった。鍛錬された体に寒さは堪えなかったし、火を灯さなくとも星明かりがあれば立居に困ることもない。そうしているうちに、やかましいほどの虫の音に加えて空高く風が巻いている音が聞こえ、水の匂いが漂ってくる。雨ではない、おもては撒いたような星空だ。今日始末した水草が香るのかもしれない。そう考えて目を閉じた角都は、ふと濃厚な水の気配に気がついた。外ではなく庵の中、それもこの室内に何かがいる。水死体のように水浸しのものが。盗人か刺客か亡霊か、いずれにせよ排除しなければならない。
 ひた、と濡れた手が待ち受けた角都の喉に触れた。一瞬遅れて角都は相手の腕をつかみ、身を反転して相手を押さえつけようとした。全身が濡れているが人間、それも男だ。武器は持たないようだが力は強い。揉み合いの末にようやく相手を組み伏せた角都は、自分の帯で相手の両手足首を縛り上げるといったんそこを離れ、油皿に急ぎ灯を入れた。不用意にも身から離していた腰刀をつかんで鞘を抜き払い、床に転がした相手と対峙する。

 ずりーぞ寝たふりしやがったな。
 誰だ貴様。
 そりゃこっちが聞きてーぜ、誰だよテメー。

 驚いたことに男は丸裸であった。揺らぐ灯りに照らされた体も髪も白く、角都はかすかにたじろいだ。白子と呼ばれる種の者かもしれない。しかしなぜ武器も持たずに襲撃をしかけたのかわからない。白い男はまぶしそうに目をしばたたいていたが、刃物を見ると歯を剥いて笑みをつくり、やれるもんならやってみろ、と角都を嘲った。

 そんなもんでオレを殺れると思ってんならやれよ。
 何用だ。返答によっては頼まれずとも殺してやる。
 ハァ?なにってテメーに文句言ってやろうと思ったんだよォ。あークソ今までしくじったことねーのになァ、なんでびっくりしねーかなァ、普通ギャーとワーとかわめくもんじゃねーの、寝てっとこ触られたらさァ。

 両手足を背後でくくられたまま、男はぺらぺらとよくしゃべった。このクソ野郎、池のアレ、緑のやつ、みんな取っちまったら困るじゃねーか、お天道様がまぶしいし鳥が来て魚食うし亀の食いもんもなくなっちまうし、いいこといっこもねーよ、みんなテメーのせいだぜ、聞いてんのかオイ。勝手な言い分を並べるだけで問いただしても脅しても名乗らぬ男を角都は扱いあぐねる。盗人でも刺客でもないただの狂人のようだが、勝手に猿飛家の所領に忍び込んだのだから無罪放免とはいかぬだろう。明日にでも上に伺いをたて、その処遇に従うのがいい。
 角都は男を放置しておくことに決め、それでも用心のために自分は眠らず見張りを続けた。仲間が奪い返しに来ないとも限らない。男はといえばすっかり諦めてしまったようで、角都の沈黙にも臆せず、転がったまま埒もないことをしゃべりつづけた。角都の前任者もその前の者も自分が脅かして追い払ったこと、猿飛ヒルゼンが庵に設けた茶席に若い女ばかりを呼ぼうとして家臣にいさめられたこと、すぐ前の道で戦に敗れて国を抜けようとした武士が握り飯欲しさに百姓を斬り殺したが逆にその仲間たちに殴り殺されたこと。
 聞くともなく聞いていた角都は灯りが弱くなったことに気づき、皿に油を継ぎ足した。大きくひらめいた炎に男は再び目をしぱしぱさせたが、その衰えぶりに角都は驚いた。ほんの数刻前に角都と互角に組み合った体はしぼんだように痩せ、浮き出たあばらが呼吸のたびに上下している。若々しかった容貌も頬が削げたせいで様変わりし、目が異様に大きく見える。驚き呆れながら角都は男のそばに膝をつき、どうしたのかと尋ねた。

 おい、少し紐を緩めるか。
 や、ちょっと、喉が渇いた。
 水を持ってくる。
 あーいらねえ、つーか、ちょっと池まで連れてってくれねーか、縛ったままでいいからさ。

 相手の意図がわからず角都はうろたえるが、弱々しい要求にかえって逆らえず、男を抱え上げると裸足のまま庭へ出た。きれいに掃除した池の水面にはかすかに白み始めた空と糸のような月が映っている。奇妙に軽くなってしまった男は自分を池に浸けてくれと角都に頼んだ。ぽいって投げ込んでいいからよー、と言われたがさすがにそうはできかねて、結局は羽織っただけの着物を脱ぐと角都は男を抱えたまま池に踏み入った。柔らかい泥が足を包み、角都は幼かったころの田遊びを思い出す。半身を水に浸けた男が、あー、と間の抜けた声を出した。

 オレぁ水の精なんだ。

 何を、と言いかけたとき、男の体がさらりと腕からすべり落ちた。慌ててたぐった帯も縛った形のまま手ごたえなく引き寄せられる。まだ暗い水に目を落として角都はしばらく茫然自失し、やがてのろのろと水から上がる。不審者を取り逃がしてしまった、こんなへまをしたことはかつてなかった、とつらつら考えながら。だが不審者がいたことを知る者は角都だけである。うつつの者ではないかもしれないし、このことは胸の内に秘めておこう、と角都は自分に約束をする。
 その後、角都は庵の守として数十年の長きにわたって猿飛家に仕えた。スッパには過ぎた処遇と妬む者もいれば、あたら才能を無駄にしてと憐れむ者もいたが、本人は気にするそぶりもなく望んでその立場にあり続けた。卒寿を過ぎたある日、見回りの者が角都の不在に気づいたが、あまりの高齢に追手が出されることもなく、ことはうやむやに消えていった。
 時代は流れ、不要となった庵はじきに朽ちた。行き暮れた旅人が立ち寄ることもあったが、夜中の廃墟に灯がともっているのを見た、二人の男が口げんかをしている声を聞いたという薄気味悪い噂がひんぱんに流れ、あるとき肝試しを気取った剛の者が心臓を抜かれて死んでいるのが見つかって以来、禁忌の場となっている。庵はすでに土台を残すのみだが、池には相変わらず朽ちた木が倒れ込み、水面には浮き草がひしめくように浮いている。帯が一本浮いているのを見たという者もいるが、真偽のほどはわからない。