ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

独語・Co5(trash)



<カンパニー 5>


 角都はもともと口数の多い男ではないようだった。以前にガイドを務めた相手からの紹介を受けて空港まで角都を迎えに行った飛段は正直めんくらった。慣れない異国で自国の者と出会った旅行者はたいていすぐに打ち解けるものだが、この男は必要最低限の会話以外は社交的な挨拶すらせず、終始苦虫を噛み潰したような顔をしていた。へえ、と飛段は面白がった。こいつは損な仕事を割り振られたに違いない、こんな僻地まで飛ばされてくるんだからよほど会社で煙たがられている野郎なんだろう。しかし客としての角都はむしろ扱いやすい男であった。角都の仕事は主に写真撮影であり、行先を告げられた飛段が目的地まで搬送すると黙々と撮影をして、また宿に戻る。庶民的な食堂にも文句を言わず出されたものはきれいに食べる。飛段の振る舞いや物言いについて怒ることがよくあるが、それを引きずることはなく、報酬もきちんと支払った。飛段は、実は角都に怒られることが嫌いではなかった。怒っているときの角都は口をきいたし、何を考えているのかわかりやすかったからである。
 さて、角都の仕事である撮影の内容はメールで指定されるのが常だった。説明の手間を省くため、角都は会社からのメールをいつもそのまま飛段の携帯に転送した。今回会社が求めてきたのは「市場の賑わい・商人・民族衣装」という内容だったので、飛段は客をバザールへ連れて行った。田舎の市場には都会と異なる喧騒がある。牛や羊などの家畜を連れ歩く者もいるし、行商の修理屋に直してもらおうとミシンや冷蔵庫を担いでくる者もいる。飛段はバイクを押しながら歩いていたのだが、角都がカメラを構えている隙にうっかり離れてしまい、そうするうちに家具を積んだ馬車に間を遮られ、完全に相手を見失ってしまった。角都は大柄な男であり、黒いコートとぼさぼさの黒髪は遠くから見ても特徴的なのだが、この人混みの中では容易に見つかりそうもない。さすがに慌てた飛段は大きな声で客の名を呼ぶ。かくずー、かくずー。騒々しい雑踏の中から、ひだん、と声が返ってくる。ひだん、どこにいる。てめーこそどこだよかくず。何度か呼び交わすうちに、まず角都が、次いで飛段が相手を見つける。そこで待て、と叫んだ角都は人の流れに逆らい、バイクで身動きが取れない飛段に向かって進み始める。もみくちゃにされている男の名を、出会った当初相手をバカにしていたことなど忘れた飛段が懸命に呼ぶ。かくず、かくず、へこたれんな、もうちょっとだ、がんばれかくず。