ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

お一人様一泊一万両也(TEXT)

二人のとばっちりを受ける第三者の話。




 僕、本気で職を探してるんです。まっとうな仕事を諦めたわけじゃないんで。オヤジの代理であそこには行きましたけどね。急に胆石がひどくなったなんてまあ嘘だろうとは思いましたけど、この歳になって居候している身としては断れないじゃないですか。
 でも、あのお客さんの話を聞きたいなんてあなたも変わってますねえ。居酒屋だから言うわけじゃないけど、ほんと酔狂ですよ。まあ酔狂な人はけっこういるもんですけどね、この話も何度目だろう…うん。

 あの日、出かけるときにね、大事な顧客だから失礼のないようにとオヤジは僕に言いました。機嫌を損ねるようなことがあったら僕の命どころか一族郎党皆殺しだと。ああ大げさに言ってると思ってるんでしょう。目を見りゃわかりますよそんなこと。まあ僕だって聞いた時にはそう思いました。おつかい程度で脅かすなってね。
 それでも僕は僕なりに緊張して料亭に行ったわけですよ。高級な料亭旅館です。先方の宿泊費はオヤジが出しました。換金所で支払う金が足りなかったなんて前代未聞ですから、口止め料の意味もあったんじゃないですか。けどあれほど高額の賞金首を三つも持って来られるなんて普通だったら考えませんよ、オヤジを庇うわけじゃないですけど。不足分の一千万両を集めるのだって、うちみたいな小さな換金所にとっては並大抵のことじゃなかったんです。それもたった一日でですよ。コネというコネを全部使ってやっと。ええ。

 そうそう料亭の話でしたね。座敷に行ったらね、もう先方が座ってこっちを向いているんです。参っちゃいましたよ。けっこう早い時間だったんで、こっちがしばらく待たされるんだろうと思っていたのに、のっけから待たせちゃったんですからね。
 僕は焦っちゃって、しどろもどろにご挨拶をしながら持ってきた金を差し出しました。礼儀からいったら大間違いですよね、きちんと口上を述べるつもりだったんですよ。前日の不手際を詫びてオヤジが来られないことを言い訳して相手の腕前を褒めそやして、そのころ仲居が持ってくるだろう茶を飲んで、そこで金をお渡しするはずでした。それがこんなんなっちゃった。やっちゃってから自分の非礼にぎょっとして、もごもご言いながら引き下がろうとしたんです。正直早く帰りたかったんですよね。
 そしたら先方が、待て、と言ったんです。金を数えるのに立ち会えと。ええーってなりましたよ。だって不足分っていったって一千万両ですよ。どう考えたって十分や二十分はかかるじゃないですか。もし一枚でも欠けていたら大ごとだろうし。ほんとつくづくオヤジを恨みましたよあの時は。

 しょうがないから居心地悪く小さくなって、僕は座卓を挟んで相手と向き合っていたんです。することもないし、けど何かが気に障ったらこの人僕をポンと殺すんだろうし、ものすっごく嫌な時間でしたね。
 見かけですか。まあ一見して異様な人でしたね、ええ。覆面してて目のあたりしか見えなかったんですが、瞳が緑色なんですよ。白眼のとこは赤黒いし。で、ほとんど瞬きもしないで集中して金を数えているんです。
 とし?年齢はわからなかったです。若くも年寄りにも見えました。まあ若い人はあんな、なんというか、胸の奥から湧いてくるような声ではしゃべらないかもしれませんがね。

 金を半分ぐらい数えたころでしたか、急に襖が開いて隣の間からいかにも寝起きって感じの別の男の人が入ってきたんです。よれた浴衣をだらしなく引っかけて帯を締めてましたが、打ち合わせがほとんどはだけていて、僕は目のやり場に困っちゃいました。だって丸見えだったんですよ。いろいろと。
 オヤジからお客は二人連れだと聞いてましたけど、一瞬、関係ない人が入ってきちゃったんじゃないかと思いましたね。そのぐらい忍者らしくない人でした。うーん、はっきり言ってホスト崩れのチンピラに見えました。いかがわしい盛り場をうろついていそうな、そんな感じです。はだけた胸に大きなペンダントを下げていたのがいっそうソレっぽくって。

 その人はぐしゃぐしゃの髪をさらにかき混ぜながら覆面の人に近づくと、へっ朝から金勘定とは精が出るこった、と言って、金をきちんと積み上げた座卓に乱暴に腰をおろしました。紫檀製のいかにも高級そうな座卓がミシッと鳴ったので、僕はぎょっとしました。あんなものまで弁償させられたんじゃたまりませんからねえ。
 覆面の人は浴衣の人を無視しました。いかにも無視し慣れてる感じでしたよ。浴衣の人はつまらなそうに背中をぼりぼり掻き、その手で今度は股を掻きました。別に暑くもなかったのに、僕は汗だくになってました。その…なんとも濃厚な匂いが浴衣の人から立ちのぼっていたんです。雄の匂いというか性の匂いというか、わかりますよね、独特なあの匂いです。
 ふつうに悪臭じゃないですか、あれ。なのにあの時にはそう思わなかったですね。なんていうか、その、惹きつけられるっていうか。フェロモンってあんなもんかもしれないなあ、うん。

 浴衣の人は股を掻きながら、今度はじろじろと僕を見ました。眉間にしわを寄せて身を乗り出してさんざん眺めた後、こいつ誰だァ角都、と大きな声で尋ねていました。直接僕に訊けば良さそうなもんですが、多分いつも相方とばかり話してして、それが癖になっていたんでしょう。単に頭が悪かったのかもしれませんが。
 換金所の主人の息子だ、と覆面の人は簡潔に答えて、宿代の出資者でもある、と付け加えました。浴衣の人はふーんと言うと、匂いを嗅がんばかりに僕の顔に自分の顔を近づけ、そーいやドングリまなこが昨日のオヤジに似てらァ、と言いました。吐く息がこちらの肌に当たってなんだかクラクラしましたよ。チンピラみたいなくせに妙にきれいな男だったんです。

 間近で見た顔や体のせいか、それとも匂いのせいだったかもしれないんですけど、僕、ちょっと具合の悪いことになっちゃったんですよね。最近ちょっとしてなかったんで、それもあったんでしょうけど。
 もじもじしてたら浴衣の人が急に笑い出して、はは、こいつおったててるぜ角都、かわいいじゃねーか、なんて暴露してくれました。いやもう恥ずかしいなんてもんじゃないです。いたたまれないってああいうことを言うんじゃないですかね。身の内から無数の針が出てくるような痛みすら感じましたよ。しかも用件が終わるまで僕はそこから帰れないんですからね。
 ちょうどその時、数え終わった金をケースに詰めながら、飛段いいかげんにしろと覆面の人が唸るように言ってくれたんで、僕は感謝の気持ちでそちらを見たんです。そして、覆面の人がものすごい目で僕を睨んでいるのを見ちゃったんですよ。

 覆面の人はそのまま立ち上がって浴衣の人の髪をつかむと、おいイテェぞコラ、とわめくのを引きずるようにして隣の間へ入ってしまいました。二人一緒にです。そして、しばらくして一人で出てくると立ったまま僕を見下ろし、この宿はなかなかいい、空きがあるならぜひ連泊したい、と言ったんです。
 僕には断れませんでした。後でオヤジにこっぴどく叱られましたけど、そんなの何でもなかったですよ。こんな稼業をしていて殺されるのが怖いなんて言ってられないんですけど、でも、でも、殺されるよりもっとひどいことがあるかもしれないじゃないですか。
 あなたもあの二人に興味があるんでしょう。なら僕と仕事を取り換えませんか。換金所の仕事はそんなにキツくないですし儲けも悪くありませんし興味のある方なら絶対楽しめると思います。単に僕にはむいてないってことなんで、ええ、ぜひ。