ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

空回りの役回り(Crane)

携帯小説サイト「千魔万雷」(http://id30.fm-p.jp/16/dt0vwwwwd/)のアズマ様から、すてきなお話をいただきました。
アズマ様は、軽妙で華麗かつ諧謔味にあふれ、しかも読みやすいという実に羨ましい文体をお持ちです。質の良い落語のようです。角飛の他のジャンルも扱っておられ、どれも面白いのですが、私のイチ押しはご本人の日記です(笑)。
いまだ行かれたことのない方は、ぜひお訪ねください。

では幸福のおすそわけです。下からどうぞ!



『空回りの役回り』



 春の長雨は考えものには丁度良い。常々、角都はそう思う。
 嫌でも雨で足留めを喰らい、(渋々と)宿に逗留すれば、当面やる事が無い。春先だから部屋でじっとしても、そう寒い事も無い。
 金を遣わず、苦を弄する事無く暇を潰す…、
「長考のし甲斐があると言うものだ…」
 …と、角都は宿に逗留した際の日課、数日分の新聞各紙や更には数ヶ月分の情報紙に眼を通す。
 常に世情は移り変わる。
 旅から旅へのこの暮らしの中では、日々情報が更新されるものに眼を通す事は、如何にも難しい。かと言って、こちらが知らぬとはいえ、情報源の不確かなものに踊らされる事程、癪に障るものは無い。
 特に経済に関するページを隅から隅まで、紙面に穴が開く程──実際、手に力を込め過ぎて穴が開いた──、一文字も漏らさず全てに眼を通す。
 異国の頭領が挿げ代わるだの、国の政に携わる者共の袖の下如きをやったやらないの水掛け論、狸共の舌先三寸の騙し合い…。
 全ての内容を咀嚼し終えると、角都は紙面から眼を離し、深い溜息を吐いた。
 この不況の真っ直中…誰も彼もが己の利益ばかりを追い求める。只でさえ己は、手間と忍耐の掛かる──それでも手放せない、手放すつもりも毛頭無い──荷を背負って行かねばならぬ身だ。
「うかうかしては居れんな…」
「おーい、か〜くずゥ〜。どこいんだァー?あー…さては便所で頑張ってんだろー?元気なお子さん生まれてますかァー?ゲハハハハァ」
「…飛段…少しは自重しろ…」
 俺が本当に最中だったらどうする気だ!と角都は胸中で毒吐くが、このまま声の主を放置するは、雨の日に外の公衆便所に裸足で駆け込み全財産の入った財布を床に落とす程に危険…!と判断し、結局は折れて場所を教えてやる事にした。ここだ、と言う様に軽く壁を叩き、彼の注意を促す。
「…用向きは何だ、飛段?ここは他の客も訪れる共同スペース。各々の個室では無いのだからな、妄りに名を呼ぶのは控えろ」
「…なら、ンなとこ籠んなっつーの!や、別にたいした用じゃねーんだけどォー…さっき、角都の部屋覗いたら新聞が何冊かあったからー…読み終わってんなら一冊くんねーかなー?って…」
 何だ、そんな事か…と、角都は飛段の言う他愛もない願いを快諾してやった。ついでに、新聞は「冊」では無く「部」と数えるのだ、と付け加える事も忘れてはいなかった。
「マジでェ!?ありがとなァ。じゃ、あの訳分からん文字で書いてあるのを…い、一部?貰ってくなァ」
 扉越しで見えはしないが、今、飛段は満面の笑みを浮かべつつ、部屋へ駆け戻っているに違いない。それを眼にする事が出来ないのを何処と無く残念だと思いながら、角都は今後の行程を思案しようと瞳を閉じ掛け──、気付いた。
「飛段!!」
 新聞をどうすると言うのか。まさか読むというのか?
(誰が…あいつが?──莫迦な!)
「飛段、待て!止まれ!!」
 マダラが作る(読者皆無の)定期刊行冊子、「暁通信」。
(…その連載四コママンガ「クボちゃん」のオチが分からず、俺に三回も尋ねる──四回目以降は拳で黙らせている──お前が…英字新聞を読む等…ッ!!)
「ひだぁああん!!」
「ひぎゃあああ!なッどっ、どうしたんだよ!?角都…?」
 背後からの怒号に振り返った飛段の眼に飛び込んで来たのは、息を切らし両眼は血走り(いつも、という説もある)、浴衣の裾を大きく捲れさせた『泣く子を更に号泣させ、治った寝小便をも再発させる』…とまで謳われる、角都の凄まじい形相だった。
「飛段…!その新聞をどうするんだ?やはりお前が読むのか?母国語すら危ういのにか?そんな…莫迦なッ!天は墜ち、地は砕け、人類は滅亡の一途を辿らんばかりの鬼畜の所業だッ!!」
「あの…角都、ちょ、人目が…。あと、オレ…泣いていーか…?」
「クッ…恐ろしいッ!一体、何がお前をそれへと駆り立てるんだ!お前が活字に眼を向ける日が来るとは…!俺の日頃の労苦を…漸く、神か仏か、そこら辺の何かが訊き届けたのかッ!!」
「か、神ならジャシン様がって…や、だから…周りが…あの…、おーい…角都さーん?」

 ──ねえ、ちょっと。あれって何の騒ぎよ?バカねえ…痴話喧嘩でしょ?嫁を追って来た旦那と間男の壮絶な罵倒合戦よ。だって、旦那の方、顔隠してるじゃない。
 ──おい、あいつら何やってんだ?あァ?あの覆面が落とした財布、若けえのが拾ったんじゃねえか?へぇー、この世知辛え世の中にちったあマシな若造が居るもんだな。
 ──あらまあ、最近の若い子達は…。うふふ、私達の若い時分を思い出しますねえ…?何か…銀髪の娘もえらいガタイええのう…?

 周囲からの、自分達に関する誤った情報に裏打ちされた視線を背に受けつつ、飛段は遠くなりそうな意識を保つ事に必死になっていた。
 つい数分程前、人前だから名を呼ぶなと、そう言ったのは角都の方ではないか。だのに…自分は全力疾走、挙句、人の名前は連呼する(しかもやたらと大声だ)これでは…常と立場が逆ではないか。
(──何でだよ…何でこんな…)
「オレッ風呂ッ、上がりにッ爪切っ、たり、塗っ、たりしよ、と思って、畳汚ッ…から、いっいらね新聞、使お、と…ッ。…おえ」
 角都に肩を掴まれ、ガクガクと激しく前後に揺さぶられながら、飛段はようやっと言葉を紡ぎ出したが、…どうやら彼には微塵も届いていないらしい。
「分かっているぞ、飛段…皆迄言うな!お前の言いたい事等、俺にはお見通しだ!幾ら長雨だからと言って、宿に籠り切りは良くない。考え過ぎるは思考が偏り、気も鬱結して来る、と…。それを俺に伝えたくとも的確な語意も、伝える術も知らないお前の事だ、こんな婉曲な形でしか…ッ!クッ…」
(うわーこれヤベー…てか、ブツブツ何か言ってばっかな角都にしてもらうのも怖ェーからオレ、自分でやろーとしただけなのに…)
「…良いぞ飛段!外出を宿の者が制止する程の豪雨を押して迄、外に飛び出そうとする貴様の…その意気や良し!!そうだな…確かにお前の言う通りだ、引き籠もる等、俺らしく無かったな。それならば直ぐ様宿を発ち、数日分の遅れを取り戻さねば…。飛段、支度しろ。行くぞッ!!」
 角都に何が分かったのか飛段には全く分からないが、一つ、分かった事がある。
 どうやら…人にはそれぞれ、役割というものが決まっているらしい。
(横暴な角都に引きずられんのがオレの役割なのかなァー…?)
 支度しろ、と言いはしたものの、飛段の荷物は背の大鎌しかない。角都に至っては、身の回りの最低限の荷は常に巻物の中だし、何より、彼に取っての一番の荷物は、既に襟首を掴んで引き摺っている。
「豪雨と言えど所詮は雨…、瑣末な事に過ぎんと言うのにな…ふ、俺とした事が」
 角都は自嘲気味に独りごち、玄関の引戸に手を掛け勢いよく、土砂降りの外へと駆け出した。
 もの言いたげな面持ちの飛段と、様々な思惑が入り混じった宿泊客の視線と、「お客様ァー!鉄砲水で橋桁が流されてますからァアー!」と叫ぶ宿の番頭を後にして──…。





ファイトいっぱぁーつな角都さんに振り回される飛段がおバカなりに常識家なのが可愛いじゃありませんか。くうっ!
マンガのオチを聞いたり答えたりする角飛にやたら萌えました。(クボちゃんてマーが描いているんでしょうか。うわぁ…)
アズマ様、期待通りの楽しいお話をありがとうございました!!!