ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

明るい夜、暗い夢(ss)

さくま様のリク8「白夜」の小話です。今回のお題はこれで最後です。さくま様、本当にありがとうございました。またぜひ申しつけてくださいませ(笑)。



御者の農民は荷車から降りた角都と飛段に、ここは物騒な場所だから気をつけるようにと言い置いて、角の長い牛に鞭をあて急ぎ去っていった。降りる直前に揺り起こされた飛段は大きな欠伸を連発しながら、視野いっぱいに広がる森へ足早に踏み入っていく相棒を追いかけた。深夜だというのに空は薄明で、森の中には夜明け前の灰青色の空気が垂れ込め、音もなく前を歩く角都はあたかもヒレを動かして進む深海の生物のように見えた。現実感が稀薄な風景の中で眠い飛段はいちどきにいろんなことを考える。静かだ、広い、相棒の身のこなしが夢の一部のように見える、青い世界、青いのに色がない世界、明るくて暗い、まるで鏡の中だ、ここでの流血は墨のように黒く見えることだろう。やがて、飛段、と角都がひそりと鋭く呼んで立ち止まる。ああ、と飛段は応える。農民が案じたとおりこの森は物騒な場所であり、だからこそ角都と飛段はやってきたのだ。気を抜くな、死ぬぞ。それをオレに言うかよ角都。いつものやり取りに続き、唐突に戦闘が始まる。火花が断続的にあたりを照らし、その瞬間だけ色彩が生まれるが、それもすぐに青い空気の澱に沈んでいく。やがて望むものを手に入れた角都が、行きがけの駄賃のように相手の心臓をえぐり取り、とたんに戻ってきた静寂が水のようにすべてを浸す。相棒の手から漆黒のものがしたたるのを見た飛段は奇妙な既視感にとらわれる。オレのじゃない誰かの夢を覗いているみたいだ、と飛段はまだ眠気の残る頭で考える。荷車から降りてもう数時間は経過しているのに、灰青色の世界はまったく変化を見せず、不死者二人を内包したまま、暗く透明に誰かの大きな夢の中へ静かに沈んでゆく。