ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

やる気満々(ss)



飛段:

今日は宿をとる、と角都が言った。オレはできるだけ気のないふうにフーンと言ったけど、頭の中はもう今夜のことでいっぱいだ。宿の中なら虫にたかられずにナニができる、もしかしたら一晩中。そういうことを言うと相棒はいつも鼻にしわを寄せてお前は猿かと言うから黙ってるけど、猿は生きるのに必死でナニのことなんかそんなに考えていないと思う。ともあれ俺たちは宿に入った。なかなかいい宿だ、狭くてぼろいけど窓には網戸がついていてきっと虫は入ってこられない。角都はまず風呂に行った。いい流れである。オレもちゃんとついて行き、角都に変な虫がつかないようにちゃんと見張る。飯は外で食ったし風呂にも入った、あとはナニだ。…ところが角都は当然のように座卓に向かい、帳簿を開き始めた。がっかりだがこのぐらいでめげていては先へ進めない。ちょっと邪魔するぜと声をかけ、オレはなるったけ角都と帳簿やらビンゴブックやらの間を遮りつつ奴の胡坐に横向きに腰を下ろした。殴られるんならこのタイミングだが、角都は殴らない、というかオレを全く無視して帳簿とにらめっこをしている。そんな顔もいいなあと思っちまうオレはホントに重症なんだろう。それにしても角都はいい男だ。いつもの姿もいいけれど、装備を解いたくつろいだ恰好をしていると別な意味で男前になる。ポーッとしていると角都がちらりと視線をこちらに流してよこしたので、オレは慌てて自分で前を開いた。ほら据膳だぜ!さあどうぞ召し上がれ!角都はしばらくオレを眺めていたが、やがて自分の指を舐めると、来るぞ!と期待に震えていたオレを素通りして帳簿をめくったのだった。




角都:

以前、宿に泊まることは休息を意味していた。俺はほとんど誰とも口をきくことをせず、女を買ってもことが済めばすぐに一人になったものだし、どの相棒も俺の邪魔をしようとはしなかった。命が惜しかったのである。そのように甘やかされてきた俺は、この歳になって初めて自分の時間を自由に使えない辛さを思い知ることになった。今日の飛段は常よりもさらにひどかった。発情していたのだろう。この暑い季節、離れて座ればいいものを、でかい図体を座卓と俺との間に割り込ませ、じっとこちらを見たり肌を見せたりする。構わずに放っておくとさすがにへそを曲げ、胡坐からはどいてくれたが、今度は座卓の上の帳簿類に悪さをする。それでも無視を貫いていると、さしもの飛段もくたびれたのか座卓の上に行儀悪くひっくり返ったままおとなしく寝息を立て始めた。こうしてやっと静かな自分の時間が訪れたのだが、俺はなぜかいつもの集中力を取り戻すことができなかった。帳簿に目を向けてもその向こうにあるだらしない体が気になって仕方がない。あれをどうにかせねば、と立ちあがった俺は、色気のない蛍光灯の下に惜しげなくさらされている肌を眺め、顎をさすった。問題はいろいろあった。中途半端な帳簿、自分で敷かなければならない煎餅布団、さっきの風呂で飛段をじろじろ見ていた男がどうも隣の部屋にいるらしいこと。けれども俺の体は勝手に問題をすべて先送りし、座卓の上に屈みこんでいく。汗の浮いた首筋をきつく吸うと、飛段が寝ぼけた声で、虫のヤロー、と呟く。そうだ虫だ、と俺は相棒の耳殻を舐めながら囁く。大きな虫が来たぞ、覚悟しろ飛段。