ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

芋を焼く(parallel)



 呼び鈴に応答がなかったのでためしに庭へ回ったシカマルは、そこで落ち葉を焚いている友人を発見した。家主ならいない、と煙にいぶされた涙目を上げて飛段が言った。どうやら留守番に使われているらしかった。
「アンタのアパート行ったら取り巻きの女の子たちに囲まれてえらい目にあったぜ」
「マジでか」
 やべえ、気をつけねーと、と飛段はぼやいた。
「部屋に戻ってないのか」
「うーん、たまには帰るけどよ、金もねえし。そうだ今日テメーんち泊めてくれね?」
「そりゃ構わねえけど、何も毎日ここに来なくたっていいだろが、バイトしろバイト」
 シカマルの手から下がる袋からガムテープがのぞいていた。それに目をとめた飛段は手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。茶色のものがビニールに入ってるからパンだと思った、とこぼす友人をシカマルは笑った。考えてみればこれは飛段なりの自立なのかもしれなかった。飛段のまわりには常に複数の女性の姿があり、その誰もが献身的に世話を焼きたがるため、飛段はろくに生活能力を身につけることなく暮らしている。それを羨む者は多かったが、比較的仲の良いシカマルは飛段がそれを好んでいないのを知っていた。オレはだらしないだけなんだ、と飛段は言う。しかし女ってのは変だなあ、だらしなくすりゃするだけ世話も焼いてくれるんだから、ボセーホンノーっての?そーゆーのは野郎じゃなくてガキに発揮すりゃいいのによ。
 それはアンタの見目が良いからだ、とシカマルは思うが、それを口にするほど優しくも残酷でもないので黙っている。
「そーだよな、いつまでも誰かんちに泊まって食わせてもらうわけにもいかねーし、バイトしねーとな…超だりー」
「爺さんにはたからないのかよ」
「角都?角都はダチじゃねーし、もうぜってー会わねーんだったらむちゃくちゃしてもいいけど、そうもいかねーだろ。それにここんちの台所見てみろ、米とか野菜とか、そのまんま食えるものいっこもねーぜ」
 話題が食べ物へ流れる飛段はよほど空腹なのだろう。ポケットの飴をしゃがんだままの相手に落としてやったシカマルは、溶けかけた飴を袋から引きはがす飛段を眺め、まるで子どものようだと思った。
「シカマルよ、オレおめーにいくら負けたんだっけ、麻雀」
「十二万」
 やっと飴を口に入れることができた飛段は満足そうに、あーそう、と頷いた。
「あーそうじゃねえよハラハラさせやがって。他の奴が勝ったらどうするつもりだったんだか」
「おめー最後は珍しく本気出してたもんな」
 飛段が歯をむき出して笑った。笑いながら、一日千円てバイトとしちゃ安すぎねえかと言った。
「アンタのアパートからここまで二十分、爺さんの様子見てまた帰るのに三十分。一回につき正味十分、それ以上長くいるのはアンタの勝手だ。しかも四か月の間毎日行けとは言ってないぜ」
「わかったわかった口じゃあテメーにかなわねえ」
 四か月はおろか半月ももつまいと思っていたが、とシカマルは考えた。それがもうひと月になる。飛段はどこか変わった。記憶にある飛段はもっと虚無的で殺伐としており、死にたい死にたいと口癖のように言いながら気に入らないことがあればすぐにキレる男だったのだが。
 シカマルがスーパーの袋から買ってきたばかりのサツマイモを引っぱり出して焚火に埋めると、飛段がオッと声を上げて目を輝かせた。蚊がひでーから煙出してただけなんだけど焚火しててよかったぜ、シカマルてめーホントいい奴だな愛してるぜェ!
「いいから黙って芋を焼けよ」
 赤くなった顔を俯けたシカマルは、もう一本サツマイモを追加した。高く流れる鱗雲の下で、友人と火をつつきながら熱々の焼き芋を食べるために。



※お題「焚き火」