ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

飛段、手紙を書く(parallel)



シカマルへ

 俺が寝てる間にお前が三回来たってかんごし(字がかけねー)が言ってたんで、手紙を書くことにした。もどってから話せばいいと思ったけど、いつもどれるかわかんねーし。俺が死ぬとでも思ったか?なら悪かったな、俺はちょう元気だぜ。どうにか歩けるし手は動くしメシも食える。今度来るときはパンツとかタオルじゃなくて肉かなんかうまいもん持ってこいよ。病院の食いもんは野菜ばっかでげっそりだぜ。
 ハタケカカシも角都の見舞いに来たらしいんだけど俺は寝てたから会ってない。会ってないのにかんごしたちがみんなして声を高くしていろいろ言うのでだんだん会ったような気がしてきた。スーツ着てメガネかけて花を持って来たんだとさ。オレの陣地までなだれてくるぐらい大量の花だ。ずいぶん高いらしい。きれいだけど、あんな食えもしないものに金を使う奴の気がしれない。
 そう、俺は角都と同じ部屋にいる。はじめは別々だったのを角都がいっしょにさせたそうだ。金がもったいないからだろう。どうせトラックの運送会社?あれが払うんだろうに、角都のケチはマジすげーよ。
 シカマル、入院てのはせわしいぜ。今まで入院なんてしたことなかったから、さぞのんびり寝てばっかりいられるんだろうと思ってたんだがまちがってた。朝からたたき起こされて検査だのメシだのをやっつけ医者にいじりまわされなきゃなんない。なんでも俺の治りの早さがふつーじゃないってんで医者やら学生やらが見物にくんだよ。毎日ナニのあたりまでじろじろ見やがって、へーとかホーとかぬかしやがる。起きたばっかりのころは警察の調べもあったからマジでちょうスーパーいそがしかった。一回おんなじことを何度もきかれているうちに気持ち悪くなってゲロったことがあったけど、そんときは角都が怒って奴らを追い出してくれた。心臓入れかえても角都は角都のまんまだぜ。頼りになるけど無愛想だし怒るとこえーし小言は多いし、さっきも書いたけどケチだしよ。

 きのう上のとこまで書いてつかれて寝ちまった。今読んでみたら俺事故のことぜんぜん書いてねーけどお前が知りてーのはそこだよな。今日はそれを書く。つってもたいして覚えてねえんだわ、はっはっは。
 あの日は角都が弁護士のとこへ行くからって言って出かけたんだ。電車が不便なとこだからってタクシーを使った。平日なのに高速が混んでてこんなんじゃ予定どおりにつかないって角都がぼやいてた。車はほとんど止まってて、俺はうとうとしていたんだと思う。ぶつけられたときのことを覚えてねーのは、だからじゃないのかな。
 重くてすげー変な感じがして目を開けたら、俺は座席の上にあおむけになっていて、俺の上に角都が乗っていて、その上に背もたれが見えた。多分後ろから押されて座席がつぶれたんだろうな。角都の頭の近くの背もたれから棒が突き出ていて前の座席に刺さってた。俺たちはすっごくギュッとつぶれた座席の間にくっつきあってはさまってたんだ。ふしぎに痛くなかった。体中が変なことになっちゃってるってのはわかるんだが痛いというよりしびれて重くて苦しい感じだった。痛さを感じる針がふり切れてたのかもしれねーな。
 そのとき角都が、よく寝ていたな、と言ったんだ。バカなことを言いやがると思ったので覚えている。うるせーと言い返そうとしたら胸がギリギリ痛くなった。きっと息をはいたら肺がちっちゃくなって折れた骨があちこちに刺さり出したんじゃねーか。痛くなって俺は急にこわくなった。手も足も感じがなくて体中ぜんぜん動かねーし声も出ねーしむちゃくちゃいてえし。俺に見えたのはつぶれた座席と角都の胸から上と左腕、それに座席のすきまからのぞく黒々としたかたまりだったんだけど、それをよく見たらトラックのグリルだった。びっくりしたぜ、あんなもんがすぐ近くにあるなんて。
 なんか書いてたらいろいろ思い出してきた。まわりはわめく声とかなんかをこわす音とかでやかましくてよ。運転手はどうしたろうって思ったけど、すぐに自分のことだけでいっぱいいっぱいになっちまった。やけにつばが出るなあと思ったら血でさ、それがのどの奥からどんどん出てくるからうまく息ができねーんだよ。
 バカみてーだけど、俺はけっこうむかしからずーっと死にたかったくせに、こんなふうに自分の血でちっそくして死ぬのはいやだとしんそこ思ったね。そんで舌で血をおし出してたら、角都が手のひらを俺の首の下に入れてきた。頭がのけぞったら息がとおって、俺はここぞとばかりにヒューヒュー息をした。息ができるってマジすげー気持ちいいことなんだぜシカマル。それに

 ゆうべ電気を消したあとに手紙を書いてるのをかんごしに見つかってしかられた。手紙も持ってかれちゃってあーあと思ってたんだけど、ちゃんと返してくれたんで続きを書く。きのう「それに」って何を書くつもりだったんだろう俺。まーいいよな、どーせたいしたことじゃねーし。
 あと書けることはそんなにねーんだ。また俺がわけわかんなくなってる間にいろいろあったかもしれねーけど、次に起きたときにはレスキューがいたんだから。でけーペンチみたいなやつで車を切ったり広げたりするあいつら(レスキュー隊はマジかっこよかった、女どもが消防士にほれるわけだ)に角都が早くしてくれっつってる声が聞こえて、それがちょう苦しそうだったんで俺もちょうあせった。早くしろ、ならわかるけど、してくれ、だぜ?考えてみりゃ角都はジジイで心臓は悪いし絶対ケガもしてるし死んじまうかもしれなかったし。俺は何か言ってやりたかったけど声も出ねーし。
 車がばらされてくるとガラスやらなんやらいろんなもんが落ちてくるんだけどよ、角都は動かせる左手でそれが俺の顔に当たらないようにかばってくれた。あのことを思い出すと俺は今でもちょっと泣きそうになる。死にかけのジジイが、死にかけの他人のために手を動かしてくれたんだ。
 俺のクソおふくろがさ、むかしむかし口ぐせみてーに言ってたんだよ、俺は特別なんだ神の子なんだって。神ってどういうものかイマイチわかんねーけど、ほかに何もできねーから俺はむちゃくちゃ祈ったぜ。俺が神の子だっていうならオヤジよ俺たちを助けてくれ、俺はでかい借りを角都に作った、返せるもんじゃないが返すための努力をしようと思うから助けてくれって。
 まー結局俺たちを助けてくれたのは神じゃなくてレスキューと病院の奴らだった。俺が寝てる間にいろいろあったらしい。俺の折れた骨は全部ピンでつながれ、つぶれた内臓はぬわれて、たりなくなった血はつぎ足された。目が覚めたとき、体がぜんっぜん動かなかったんでてっきり手も足もちぎれたんだろうと思ったけどそうじゃなかった。医者ってやっぱスゲーよ。俺はぬい目だらけになった。角都みたいでなかなかカッコいい。今度見せてやるからな。
 聞いた話じゃ角都もけっこうズタズタだったみてーなんだけど、俺が起きたときにはもうベッドに座って本なんか読んでやがった。なんでも事故で死んだ奴の家族が角都にそいつの心臓をくれたんだそうだ。どうしたらそんなことができるのか俺にはわからない。俺だったら角都の心臓をそいつにやれるんだろうか。自分はモノにしゅーちゃくしないタイプだと思ってきたけど自信がねーよ。角都の家族でもないのにだぜ。一回だけ死んだ奴のおくさんが角都のところに来たのを見た。髪が黒くて色っぽいいい女だった。角都とおくさんの話を聞いちゃ悪いような気がして、俺は寝たふりをしながらふとんをかぶった。俺はとにかくそのおくさんと死んだ奴に感謝することしかできないんだ。ほかにはなんにもできない。すげー身にしみたぜ。
 ガキんとき、どんなにひどくされても俺は死ななかった、おふくろが連れ込んだ男に胸とかブッ刺されても死ななかった。だから自分は死なないような気がしてそんな自分がいやだったんだけど、本当に死にそうになって、角都まで死にそうになって初めてちがうことを考えた。たしかに俺の死は俺のもんだ。けど俺は一人で生きてきたわけじゃねーし、そうやってだれかとかかわったりすると俺の死は俺だけのもんじゃなくなる。うまく言えねーけど。
 そろそろまたかんごしが来るころだし書くことも書いたから終わりにするぜ。まだしばらく入院しなきゃなんないらしいから、ききたいことがあったらききに来いよ。そんときには肉持ってこいよ、わすれんなよ。じゃーな。


 飛段は便箋を折りたたんで封筒に入れ、ベッドを鳴らして足を床に下ろした。スリッパを引きずりながらそろそろと歩き始めると、隣のベッドから声がかかる。飛段はうるさそうに返答する。なんだぁ新聞?読みてえなら自分でなんとかしろ、すぐそこにあんだろーが、テメーが歩けることぐらい知ってんだぜ。あーうるせーなわかったよおとなしく待ってろってェ。
「今行くからな、角都」



※お題「おねがい」