ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

まつろわぬ民(ss)

※第三者視点です。



己の身を助けるためおれはあらゆる方向に目を走らせる。どこを見ても死体が転がっていて、そのどれもおれの里の者ばかりだ。敵はたった二人なのに、こちらにも手練の者がいるのに、まったく歯が立たない。おれが司令官ならさっさと皆を退却させたろう。けれども隊長はそう考えない。ここで食い止めるぞ、と隊長は悲壮な声を上げる。援軍が来るまで持たせるんだ、いいな。おれは泣きたくなる。なんという蛮勇だろう。だってあの二人は天災のように強いのだ。崖が崩れてきたら逃げるべきだろう、そうじゃないんだろうか、その場に踏みとどまるべきなんだろうか。ざん、と音を立ててすぐ隣にいた仲間がまっぷたつになり、熱い血潮と臓物がおれにかぶさる。と、高みから飛びおりてきた敵の一人がすぐそこに膝を深く曲げて着地し、ゲハハーと笑いながら大きな鎌を向けてくる。終わりだ、と血まみれで突っ立ったままおれは自分を納得させようとする。これで終わりなんだ。無理やり覚悟を決めたおれのすぐ前で、しかし敵はこちらの顔をしげしげと眺めると武器をおろし、大声で独り言を言った。あぁこっちは残らず片づけたってェ、てめーつべこべうっせーんだよクソリーダー、角都がいねーからってオレに指図すんじゃねーよ。そうして片手を伸ばすと引っ掻くようにおれの頬に触れ、地を蹴ってあっという間に姿を消す。おれはしばらく身動きせずにじっとしていたが、まわりに生きている人間が誰もいないと確信すると急ぎ破れた装備を脱ぎ、それらを外した額当てとともに肉片の散らばる地面へ投げ捨てた。忍者の美学を妄信する隊長は死んだらしい。自分の痕跡を注意深くねつ造しながら、おれは頭の中で里を抜ける道を検索し、数日前に激昂した隊長に切りつけられたばかりの縫い痕あらわな頬の傷をさする。おれは隊長と通い合うものをなに一つ持っていなかったが、この傷がどうもおれを助けたようだ。いろんな偶然の飛び石を踏んで永らえたこの命、無駄にはしないぞ。