ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

異郷にて(ss)



飛段が海へ行きたいと騒ぐ。ちょっとした思いつきなのだろうが、角都にダメを出されたために更に思いが募ったらしい。いつまでもやかましく騒ぎたてる相棒を角都はもてあまし、そんなに海が好きなら鬼鮫に構ってもらえ、と部屋から追い出す。膨大な量に思われた帳簿整理は静かな部屋で集中して取り組むとじきに終わってしまい、そうなると現金な角都はすぐに相棒を呼び戻したくなる。まさかと思ったが飛段は本当に鬼鮫の部屋におり、覗いた角都は、椅子にかけた鬼鮫とその前の床に膝を抱えて座る飛段の静かな佇まいに入室をためらう。鬼鮫の相棒への配慮だろう、開け放されたドアの外に立ったまま、角都も鬼鮫の声に聞き入る。水は本当に青いのですよ、どんどん深みへ沈んでいくと真っ暗になりますが、それは闇夜の黒ではなく、透き通った、青の粒子が限りなく濃くなった暗さなのです。穏やかな語り口はどこか感傷的で、角都は考えてもみなかった仲間の郷愁をそこに嗅ぐ。海はたくさんの層からなっていて、水も、生き物もみな違います、雪のように白いものが舞っている海もありますし、すべての光が届かないとてもとても深いところでは海底火山から熱水が噴き出しているそうです、わたしはそこまで行ったことがありませんがね。飛段はおとなしく聞いている。角都もまた。どちらも見たことのない深海を思い浮かべながら、同時に、いつもは強すぎる感情で刺すようにしか考えられない自分の故郷に知らず知らず思いを馳せている。ノスタルジア